参加体験記

【仙台学2026】伊達治家記録の史料性について

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月日:1月24日
場所:仙台市市民活動サポートセンター
主催:東北文化学園大学地域連携センター
講師:渡辺 洋一氏

 史料と資料の違いがわかりますか。最初の問いかけに、私を含めた出席者は一瞬とまどいを感じ驚いた。はっきりとその意味と違いがわからなかった。わからない人にわかるように説明できるのか自信がなかったので、資料と講座の内容を理解するように努めた。
 史料と資料には5種類に分類されることを知った。実物と記録、標本と史跡、観測に区分されて一般的に史料や資料として使用するのは文献資料が主体になるという。
 史料の性格と価値は、一次史料から三次資料に分かれ、さらに一等史料から二等史料に細分化している。本来は一次史料のみで構成するのが望ましい。しかし一次史料のみで構成することは不可能である。史料の意図を把握した上で、さらに洞察と考察を加えることが必要であり、結果として史料を批判し考証をした上で初めて根拠とすることが出来る。
 歴史書のスタイルは3種類に大別される。編年体は歴史書の基本的な形態である。事蹟や事件事象を年代順時系列的に記載する形態であり、中国由来として東洋諸国の歴史書にみられる。紀伝体は個人の事蹟や国に関する情報をまとめて記載する形態であり、日本では水戸光圀の意向でまとめた大日本史がある。記事本未体は重要な歴史的事件の項目を選び各事件の経緯を時系列に沿って記載する。
 正史は3種類に分類される。あくまでその時代の為政者によって作られる。作られた時代の為政者の意向に沿ったもの。為政者の正当性を示す。これらの歴史書は為政者が変わることなどの主な事由で、事件や事象などが改ざんされたり省かれたりすることもある。
 日本の正史の特徴は、全て紀伝体ではなく漢文記述の編年体である。近世までの日本では公文書は全て漢文体で記載していた。
 藩の正史には次の3例があり仙台伊達家の仙台治家記録、会津松平家の会津藩家世実記、福岡黒田藩の黒田家譜など公式記録がある。
 伊達治家記録は仙台藩の歴史を記した書籍であり、全626冊もある。藩祖から代々の藩主の一代記を併せた伊達家当主の事蹟行状を編年体で記した記録である。正式な名称は各藩主の名を冠したものであるため、伊達家治家記録という名は俗称名になっている。諸説あるが、系統的な史料集を編集する中で伊達治家記録の名で刊行したと言われる一方大槻文彦著伊達騒動実録には伊達治家記録という書名が初めて見られる。
 千代綱村の時代に修史事業が始まった。江戸から仙台へ入国後、藩政を担う所信表明と先祖や将軍家に対する崇敬の念を示した。意図したのは、寛文事件で失墜した仙台藩を幕府の保護監察からの独立を図る目的があったとも言われている。さらに古い門閥家臣団の意向による藩政から、藩主直属の官僚を育成して藩主への権力を集中強化する狙いがあった。また記録所を設置して従来から続いていた慣例主義の藩政から、日々の出来事を記録して明文化するなど、以後の藩政の指針を確立することを目指した。修史事業は仙台城二の丸に祠堂を建立することから始まった。儒教尊重の方針を明らかにして領主の権威を高め、家中に忠誠を求め必ずしも明確でなかった伊達家の歴史を明らかにした。
 領内各地に近習を派遣して伊達家のルーツ調査を行い、伊達家の家歴を明らかにして優位性を示し君主絶対制確立の優位性を狙った。
 綱村は伊達氏の系図や系譜に考証を加えて伊達出自正統世次考と伊達正統世次考を編さんして、伊達氏の出自を明らかにしている。田辺希賢が主に編さんしたが、伊達家に不都合なこと不確定なことも、事実は事実として後世に残すこと、編さん責任者に記録をまとめた責任を負わせないことも伝えている。
 伊達治家記録の評価として藩主が目指したものは、あくまでも私意を排除し歴史の事実は事実として認め後世の貴重な資料となることを掲げていた。特徴としては、領内の社会的経済的な状況や領民の生活状況などがほとんど触れられていない。しかし為政者側の立場で藩政時代の仙台の歴史は基本的な史料としてだけでなく、藩史としても全国的に高い評価を受けている。一方で史料としての限界もみられる。全てが事実関係に即したものではないこと、さらに時代を経て新資料の発見や新解釈などによって、いわば固定化された事実が書き換えられることも考えられる。
 私たちは新旧の解釈について固定観念を持つだけでなく、新時代の柔軟な態度で視点を変えて見続けることが求められる。

(名取市 T.Y)

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