研究者インタビュー

長周期地震動から高層ビルを守るには

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東北大学災害科学国際研究所 災害評価・低減研究部門 教授
五十子 幸樹 先生

大規模建築物の構造設計を仕事に

 私は企業で建物の構造設計に携わり、ドーム球場や高層ビルなどを手がけていました。その後研究者に転じ、現在は東日本大震災を受けて本学に設立された災害科学国際研究所にて、「地震工学研究分野」を担当しています。

 父は自営でガラスや建具を扱う仕事をしており、幼い時に建築現場に連れられ、大工さんに遊んでもらった記憶があります。この父が絵を描くのが好きだったため、私も描くようになりました。子どもの時の夢は画家でしたが、高校では物理に目覚め、量子力学の初歩を学んで大いに魅了されます。

 将来の進路を考えていた時に、画家や理論物理学者として生きていくことの厳しさを先生方や両親に諭され悩みました。そこで子どもの時に体験した建築現場の活氣を思い出し、「建築ならデザインも力学も学べる」と建築学科に進学します。やがて力学を専門とするようになり、修士課程の修了後、建築設計会社に就職しました。

 大阪に配属され、主に西日本の大規模な建築物の構造設計に携わりました。外観のデザインや間取りを考える意匠設計に対して、構造設計は力学的な観点から柱・梁などの材料や寸法を考えます。安全性、機能性、経済性などのバランスを取る必要がありますが、日本では何と言っても地震対策が重要です。

 就職から3年が経とうという1995年1月17日、阪神淡路大震災が発生します。多くの建物が倒壊し、火災も起きて6,000名以上の方が亡くなりました。私が住んでいた大阪市内の自宅マンションに被害はありませんでしたが、「自分が設計した建物はどうか」「今日はサッカースタジアムの屋根の設計について、専門家の先生方に説明する評価委員会の日なのに」と氣が氣ではありません。とにかく出社しようと家を出たところ、二駅歩いたところで電車が動き始め、会社も無事でした。予定されていた評価委員会の中止が決まり、会社が関わった建物や社員の安全確認が進むにつれて、次第に落ち着きを取り戻します。しかし「関西で大きい地震は起きない」と言われていたのがただの思い込みだったこと、そして自分が地震の被害につ
いて、教科書的な理解しかなかったことを思い知らされました。

 1981年に建築基準法が改正されて耐震基準が引き上げられたのは、その3年前に発生し、6,000戸以上の家屋が全半壊した宮城県沖地震がきっかけです。その基準を守って私が構造設計をした建物は、実際に阪神淡路大震災でも大丈夫でした。しかし自分の仕事に自信を持つことができた一方で、改正前の法律の基準で建てられた建物の惨状を目の当たりにし、あらためて仕事の責任の重さと耐震研究の大切さを考えたのです。

「耐震」と「制振」と「免震」と

 建物の耐震は、まず柱や梁を太くする、一体化する、部材を改良するなどして、構造体を頑丈にすることを考えます。さらには壁の耐力を高めたり、斜めに筋かいを入れたりすることで、地震の揺れに抵抗するわけです。

 しかし中の人が転んだり、物が落ちたり倒れたりするのを防ごうとすれば、建物の揺れそのものを小さくしたり、揺れを早く収めたりする必要があります。また建物の高層化が進むにつれ、地震だけでなく、強風による振動も大きな課題になりました。私たち研究者はこうした振動を制御する技術を、構造体の耐震と区別して「制振」と表現します。

 制振には、ダンパーと呼ばれるものが用いられます。これは急激な運動のエネルギーを吸収することに加えて、地震や強風が収まっても建物が揺れ続けるようなことがないようにする装置です。ダンパーは、実は自動車にも装着されています。地面の凹凸に合わせて車輪が上下しても、スプリングの伸縮とダンパーによる制御を組み合わせたサスペンションが、車体の安定を保っているのです。油の粘性を利用したオイルダンパーなどいくつかの種類があり、それらを組み合わせた装置も実用化されています。このダンパーを建物の構造体に設置することで、振動を小さくしたり早く収めることができるのです。

 構造体の耐震、制振に加えて、広い意味での耐震には「免震」も含まれます。これは建物の基礎の上に、ゴムシートと鋼板を交互に重ねた「積層ゴム」やダンパーなどを設置し、その上に構造体を造る仕組みです。地面が揺れても免震機構がそれを吸収・制御するため、構造体の揺れはとても小さくなります。
50年ほど前から研究と実用化が進み、1994年には米国のノースリッジ地震で、翌年には兵庫県南部地震でその有効性が実証されました。今では病院や、避難所にもなる公共施設を中心に免震構造が多く取り入れられており、既往の建物を免震構造に改修する例も増えています。

 ただ建物の免震化には、コストがかかるという現実があります。免震構造をうたうタワーマンションが次々と新築される一方で、古いビルが地震で倒壊する例が後を絶ちません。阪神淡路大震災の後、私は経験を自分の仕事に活かそうと、耐震技術についての学びを深めました。勤務しながら大学院で最先端の研究に携わったのち、ご縁を得て本学の工学研究科に勤務し、「長周期地震動」に挑むことになります。

世界トップレベルの免震・制振装置を開発

 高層ビルは、かつて地震には強いと考えられていました。地面が揺れてもそれが短い周期であれば、一般的に「高いほど大きく揺れる」ということはありません。しかし高層ビルはゆっくりした長周期の揺れには弱く、上層ほど大きく揺れます。しかもこうした揺れは遠くまで伝わるため、震度が小さいのに高層ビルだけ大きく揺れることがあるのです。従って現在の緊急地震速報では、震度とは別に「長周期地震動の階級」が発表されることがあります。

 私は本学で、この長周期地震動の制御に有効なマスダンパーの研究・開発に取り組みました。これは、おもりを用いて地震のエネルギーを吸収・制御する仕組みです。性能向上のためにおもりを重く大きくする方向性には限界があるため、水平運動を回転運動に変換することでこの問題の解決を目指しました。

 困難はありましたが、計算と実験を重ね、実用的な装置の開発に成功します。同時期に研究を進めていた英国の著名大学が私達の後に類似論文を発表したことで、「日本の東北大学では既に実用段階まで研究が進んでいた」と国際的な注目を集めました。「世界地震工学会」公式ジャーナルの数千篇もの論文のうち、トップ10にランク入りした日本人研究者は私たちだけです。

 この装置を、仙台に新築されるビルに設置する話が進んでいた2011年、3月11日に東日本大震災が発生します。私は東京で、日本建築学会の理事会に出席していました。震源地は東北という情報がテレビで流れ、津波の映像が映し出されて言葉を失います。仙台には単身赴任していて、大阪の自宅とは連絡がついて無事を確かめ合うことができましたが、大学関係には電話がつながりません。新幹線も高速道路も使えず、この日は建築学会の会館に泊まり、翌日やむなく大阪に帰宅しました。

 2週間ほどで東京・仙台間の高速バスが再開し、大学に向かいました。14階建ての研究棟は無事でした。事務方に戻ったことを告げに行くと、「先生が東京にいらしたことは知っていましたが、万が一に備えて研究室に入らせていただきました。ただ、ドアが内開きで開かなかったため、壁に穴をあけました」と言います。12階にある研究室に行くと、なるほど前室側の壁に大きな穴ができていました。中では壁に固定していた本棚が、その固定部材ごと壁を壊して倒れています。「ここにいたら死んでいたかも」と思ったほどのすさまじさでした。

 当研究所が設立されて本務先となり、他分野の先生方との専門を超えたやり取りを通して、視野を広げられたのはありがたいことです。ダンパーの研究もさらに進展し、長短どちらの周期の地震動にも有効な装置の見通しもつきつつあります。

 東日本大震災から15年になろうとしています。大学の研究所と聞くと縁遠く感じられるかもしれませんが、当研究所は市民への発信にも力を入れています。私たちの研究に関心をお寄せいただき、またその成果を皆さんの防災・減災活動に活かしていただけるよう願っております。

(取材=2025年11月14日/東北大学青葉山新キャンパス災害科学国際研究所5階 小会議室4にて)

研究者プロフィール

東北大学災害科学国際研究所 災害評価・低減研究部門 教授
専門=耐震工学・建築構造
五十子 幸樹 先生

《プロフィール》(いかご・こうじゅ) 1967年滋賀県生まれ。京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。株式会社日建設計勤務を経て、2008年、東北大学大学院工学研究科・工学部に准教授として着任。2013年より現職。著書に『耐震構造解析入門』、共著書に『建築物の変位制御設計 地震に対する免震・長周期建物の設計法』など。

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