研究者インタビュー

高齢者のケアと最期について考える

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宮城大学 看護学群・看護学研究科 老年看護学領域 准教授
沢田 淳子 先生

施設で亡くなる方が増えている

 今これをお読みのあなたは、高齢になって自分一人での生活がままならなくなった時、誰のケアをどこでどのように受けて過ごしたいでしょうか。そして、最期を迎えるとき、その場所として自宅、医療機関、高齢者施設のうちどれを選びたいでしょうか。最近の調査では、自宅と医療機関がそれぞれ4割強となっています。「自宅で静かに」「医療が充実した病院で」など、それぞれのお考えがあることでしょう。

 実際にはどうでしょうか。2000年は医療機関が約80%、自宅が約14%、そして高齢者施設が約2%でした。しかし2021年には医療機関が約67%、自宅が約17%、そして高齢者施設が約14%と変化しています。高齢者施設の割合が増えたのは、2006年、常勤の正看護師を置くことを条件に、介護報酬に「看取り介護加算」が創設された影響が大きいです。

 しかしそれだけではなく、高齢者施設にも、また入居者やご家族の意識にも変化が生まれています。近年、特別養護老人ホームなどの入居施設では、設備やケアのあり方を、できるだけ自宅での暮らしに近づけるよう努めてきました。たとえば入居者それぞれの生活リズムに合わせて食事を出したり、落ち着ける広さの部屋で食べていただいたり、スタッフの分業制で流れ作業のようになっていた入浴を、担当のスタッフがはじめから終わりまで寄り添うように改めたり。

 このように、効率性ではなく、一人ひとりの個性や生活リズム、ご自身の選択した内容に沿った必要なケアを提供し、さらに社会や他の人との人間関係が築かれた生活を目指したケア提供方法を「ユニットケア」と言います。入居者本位の高齢者施設が増えるに従って、「ここならば」と、ご本人やご家族が人生を終える場として選ぶことが増えてきたのです。私自身も、もし私の希望を尊重してくれる施設であれば、そこで最期の時を過ごしたいと思っています。

 日本は超高齢化が進んでいますが、ご自分やご家族の人生の最終段階における医療やケアについて考えたり話したりすることは、「家族に心配をかけたくない」「死について考えたり話すなんて縁起でもない」といった思いもあって先送りしてしまいがちです。こうした「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」を、政府が「人生会議」という名称で推奨していることはニュースなどでご存じかもしれません。

 私は本学で看護師の養成に携わり、主に老年期について研究と教育を行ってきました。老年期の変化は、身体機能の衰え、認知症による生活水準の低下や周囲との関係の悪化など、容易には受け入れ難いものがあります。現代の医療では解決できないこうした変化を受け入れ、最後までその人らしい生活、人生を送るために、看護には何ができるでしょうか。私はこの問いに向き合い、病院だけでなく高齢者施設でも実際に働き、また多くの方々と共に学び、考えてきました。

老いと死を自分ごととして考える

 私は高校卒業後、3年制の看護学校に入学しました。看護師を選んだのは「結婚相手に人生を左右されない仕事を持とう」「高校のバレー部のマネジャーでは人の役に立てたことがうれしかったから世話をする仕事が向いているかも」くらいの氣持ちからです。しかし働き始めて間もなく「これが私の天職だ」と感じるようになりました。

 あるとき慢性肺氣腫で入退院を繰り返していた高齢の患者さんに「家では酸素ボンベにつながれて自分の部屋とトイレを往復するだけ。看護師さんに話を聞いてもらえる病院の方がよっぽどいい」と言われて衝撃を受けました。退院できるのは良いことだと単純に思い込んでいたからです。すぐに医師や他の看護師に提案して「在宅酸素の会」を立ち上げ、そうした患者さんたちとイチゴ狩りに出かけるイベントなども行いました。

 こうした経験から、患者さんの病氣だけでなく生活全体を見てケアしたいという氣持ちが強まります。介護保険制度が始まると、要介護認定のための訪問調査やケアプラン作成を行うケアマネジャーの資格を取りました。しかし老人保健施設でパート勤めをしたときの苦しさは今でも忘れられません。看護と介護のスタッフ間に連携がなく、入居者の状態や氣持ちにまったく寄り添えていなかったのです。

 同僚で常勤看護師だった方に氣持ちを打ち明けると「短大の看護学生を指導してみては」と勧められました。私は自分でこうと決めて物事に取り組むよりも、ご縁を得て実際に動いてみる方が合っているようです。実習助手として働き始めたところ、学生の教育を通じて、たくさんの患者さんをケアできることに大きな喜びを感じました。

 一方で「もっとレベルの高い実習指導をしたい」「幅広く応用がきく説明ができるようになりたい」と思うようになります。そこで、現象学という哲学的な立場から看護について考える勉強会に参加してみました。主催者である大学の先生のお話は難しかったのですが、「看護の現場には数値データでは捉えきれないものがある」という考え方は、まさに私が思っていたことと一致していたのです。

 大卒と同等の力があると認めていただき、さらに学びを深めようと大学院の修士課程に進みました。大学生の実習指導をしながら老年看護領域の研究に取り組む中で、私は「高齢者の看護に苦手意識があったこと、それは自分自身が老いることを恐れていたからでもあったのだ」という氣づきを得ます。老いを、そして死を自分ごととして考えられるようになって、研究にも教育にもいっそう充実感を覚えるようになりました。しかし研究者になろうとは、まったく思っていなかったのです。

市民参加型の勉強会を開催

 夫の転勤で仙台に来た際、実習指導の仕事を求めて本学に連絡を入れました。幸い快く受け入れてくださった上に、お世話になった先生から博士課程で学ぶことを勧められます。せっかくの機会だからと従いましたが、研究の方向性を決めるだけで一年を費やしました。

 実習助手として入ったその年、本学では学生の実習先に、病院だけでなく長期高齢者ケア施設を加えましたが、やはり現場では看護と介護、医療と福祉の連携が課題でした。その解決に向けて、私は施設において管理責任者となった看護職が、ケア管理について適切に自己評価を行うことに関する研究を進め、これが博士論文として結実します。

 その後は自ら施設に勤務し、看護室長として現場を変える経験もすることができました。お声がけをいただいて大学で教えるようになった今も、ケアの現場を良くするべく、患者さんや利用者さん、ご家族を第一に考えて研究にあたっています。

 主なテーマは、特別養護老人ホームなど長期高齢者ケア施設の質の向上のための教育プログラムの開発です。施設では多くの専門職が連携して働いています。しかし適切な管理・マネジメントなしに組織は機能しません。私は主に看護ケア管理者を対象に、その管理能力を向上させる教育プログラムの開発に取り組んできました。また専門職どうしが共に学び、また互いに学び合える教育プログラムもテーマの一つです。

 こうした研究の成果を、研修の形で現場に還元する活動も続けています。また一昨年、「よりよい高齢者のケアを考え創造する会―Gcomsus(ジーコンサス)」を地域の専門職の皆さんとともに発足させました。職種やいま就業しているかにかかわらず、高齢者ケアに携わる人、関心のある方に集まっていただき、実践報告会、研修会、情報交換会などを行っています。興味を持たれた方は、ぜひご参加ください。

 7月20日に開催される「学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ2025」には、小学生を主な対象とするブースを出展する予定です。加齢による体の変化を知り、体験するなど、高齢者の看護について楽しく学べる機会にしたいと思っています。

 私は看護を学び、仕事にすることで多くの人々と関わり、人として大きく成長させていただけたと感じています。看護学は、単に看護師になるための勉強ではありません。医学、哲学、心理学、社会学などの成果を取り入れ、また逆にこうした諸分野の学問に影響を与えつつ、今も発展を続けています。老いや死を自分ごととしてお考えいただくためにも、広く市民の皆さんにも、看護について学んでいただければと願っています。

(取材=2025年6月2日/宮城大学大和キャンパス 本館3階 314講義室にて)

 

研究者プロフィール

宮城大学 看護学群・看護学研究科 老年看護学領域 准教授
専門=老年看護学・長期高齢者施設ケア・ケア管理・認知症ケア・看取りケア
沢田 淳子 先生

《プロフィール》(さわだ・あつこ)石川県生まれ。愛知医科大学大学院看護学研究科修了。宮城大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。国立山中病院、やわたメディカルセンター等に看護師として勤務。特別養護老人ホーム百合ヶ丘苑にて看護室長。愛知医科大学看護学部助教、宮城大学看護学群講師を経て、2022年より現職。

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