「名著」とは何か、という問いかけに対して「古典である」と答えることができるかもしれない。「古典」は人々に読み継がれてきた書物であり、だからこそ「名著」である、と。
たしかに「古典」は「名著」たりうるかもしれないが、では「古典」とはどういった本を指すのだろうか。
本書は、読書と読書会について内田義彦が語ったものの記録である。本に書かれている事柄をつかめればよい「情報読み」と、ゆっくり正確に読み込もうとする 「古典読み」という、二種類の本の読み方が提示されている。そして、読み方の違いは、読み手自身や本の特徴そのものも変化させる。
内田は、「古典」とは一読不明快である、とする。無論、書き手は明快に書こうとしたが、いざ深く正確に読もうとするほどに、絶えず理解が変わる。理解できない部分が残る。また、丁寧に読むほどに、読み手によって違った中身を見せる。そうした個性的な読みにより、「古典」がいかに「私の古典」になるのか。
昨今、本をいかに早く読むか、効率的に学ぶかといったことが重視される傾向にあると思う。内田の話はそうした傾向とは逆であるが、だからこそ今でも意義を持っているのかもしれない。
(寺)
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