東北大学 データ駆動科学・AI 教育研究センター 准教授

暗号資産はブロックチェーンの機能のごく一部
私の所属先は、本学の学生にデータ・AI に関する情報教育を行い、またそれについて研究を行うセンターです。「データ基盤・セキュリティ教育研究部門」の部門長を務め、新入生や工学系の学生を対象とする授業も担当しています。大学院の情報科学研究科にある、情報セキュリティ分野の研究室にも籍を置き、医工学分野の研究にも取り組んできました。
私の今の主な研究テーマは「ブロックチェーン」です。ブロックチェーンと聞くと、暗号資産や仮想通貨、そしてビットコインを連想する方が多いでしょう。しかしこれらはブロックチェーンの機能の、ごく一部に過ぎません。
今回のテーマは「お金」ということですが、私のお金に対する関心は、暗号資産を含めてもせいぜい世間並みです。「ないよりはあった方がいい」とか「家を買ったら思っていたより高くて驚いたけど、家族が喜んでくれたからまあいいか」という程度で、今これをお読みの皆さんと、それほど違わないのではないでしょうか。
お金が人を幸せにし、社会を良くするのであれば、それで良いと思います。同じように、ブロックチェーンを人のため、社会のために使うにはどうすればいいか、というのが私の主な関心事です。ブロックチェーンについて正確な知識を得たい方はご自身でお調べいただくことにして、ここではイメージのしやすさを優先して説明します。
ブロックチェーンはインターネット上で、データを非中央集権的に共同管理するための技術です。インターネットは世界中のコンピュータ(ノード)同士をつないだ通信網であり、インターネット全体を中央集権的に管理するリーダ的ノードは存在しません。また、全てのノードが信頼できるわけではなく、他のノードに偽りのデータを送信したり、他ノードの保持するデータを改ざん・消去したりする不正ノードも存在します。さらに、インターネット上では一人で複数のノードを簡単に作成できるため、単純な多数決による合意形成手段が機能しません。そのように不正ノードが存在し、参加者の合意形成も困難なインターネットにおいて、大多数の正しく動作するノード群同士がデータを安全に分散保持して同期し続けることは、従来は実現困難と考えられてきました。そのため、ブロックチェーンの出現以前は、特定のノード(サーバ)が中央集権的にデータを管理する方式が採用されていました。しかし、この方式の場合、サーバ管理者はデータを恣意的に改ざん可能であり、また、サーバ管理者がそのサーバが停止した場合にインターネット上からデータが完全に消失する問題がありました。
しかし、ブロックチェーンが登場したことで、インターネット上でデータを安全に共同管理することが可能になりました。特定のサーバに頼らないため、ブロックチェーン上のデータを改ざん・消去することは事実上不可能です。また、インターネットのユーザは誰でも簡単にそのデータの正しさを検証できるのです。このようにブロックチェーンは、従来は実現困難と考えられていたことを可能にした画期的な技術であり、インターネット級の大発明とも言われています。
画期的な研究対象に出会うまで
こうしたブロックチェーンの機能を、決済手段に特化させたのが暗号資産であり、その代表格がビットコインです。インターネットユーザは誰でも、個人情報を登録しなくても口座にあたるアドレスを作ることができ、ブロックチェーン上で発行される貨幣である「コイン」を保有し、別のアカウントに移動させることができます。ビットコインは投機の対象として爆発的に普及してしまったため、ブロックチェーンに対する一般の認識をゆがめてしまった感があるのは残念です。また、コインに高額な市場価値が付いてしまっために、コインが奪われるなどの事件が起きていることは、皆さんもご存じの通りです。さらに、現在では利用者保護のために、その取り扱いには厳しい規制が設けられ、自由な活用も制限されています。
私の今の中心的な研究テーマは、このブロックチェーンを使って、個人情報を守りながら、個人間で安全にデータをやり取りする技術についてです。とはいうものの、私は学びの道を主体的に歩んできたとは言えません。中学の時は研究者になるどころか大学に行く気持ちさえなく、工業高等専門学校に進学して卒業後は就職するつもりでした。その学科選びも、中学の先生に「君の成績なら一番難しい電気工学科に入れるから」と勝手に決められていました。その後、就職せずに東北大学の工学部に編入したのも「大学を出てほしい」という両親の説得があったからです。「どうせなら大学という場所をとことん見てみよう!」と大学院にも進学しましたが、最初に選んだ研究室が実験系でハードだったため、逃げ出すように「楽だよ」と聞いていたシステム制御の研究室に途中から移りました(笑)。
移った研究室では人工知能の研究に取り組みました。幸い肌が合ったようで、博士後期課程にも進学したのですが、博士論文の執筆でとても苦しむことになりました(笑)。辛うじて博士号の学位は取得できたものの、その苦しんだ経験から「自分は研究職には向いていない」と思いました。修了後は、東北大学の新入学生の情報教育を担当するセンターに教員として就職し、また、大学院情報科学研究科の情報セキュリティ分野の研究室にも所属することになりました。その研究室は数学の才能に溢れる人たちの集まりで、数学を道具としてしか扱ってこなかった自分には別世界でした。「やっぱり自分は向いていない。早々に転職しよう」と思いながらも、与えられた大学での情報システムや教育関係の仕事をこなし、自分の興味を持てる研究テーマを模索し続けてきたというのが実感です。
そして出会ったのが、研究対象としてのブロックチェーンでした。ブロックチェーンが発表されたのは2008 年ですが、私が自身の研究で意識したのは2017 年です。その頃私はプライバシ保護とデータ利活用の両立に関する研究に取り組んでおり、従来の中央集権型システムではその両立が達成困難と感じていました。そこに、その両立を可能にする技術としてブロックチェーンの存在を知ったのです。ブロックチェーンは画期的な発明ですが、そのアイデアは比較的に単純であり、また、その実現方法も基本的な暗号技術を組み合わせで、数学が必ずしも得意でない私でも理解できるものだったことも衝撃的でした。その時は「なぜ自分が先に考えつけなかったのか」とまで思ったものです。世の中が仮想通貨だ暗号資産だと騒いでも全く氣にならずに研究に熱中し、共同研究者らと多様な応用技術を開発し、その社会実装に取り組むために特許も取得しました。
ブロックチェーンで商店街を活性化
本学は研究成果に基づく起業の支援に力を入れており、我々も2019 年に会社を立ち上げました。代表者には学外のエンジニアを招聘し、私は取締役CTO(最高技術責任者)として参加しています。大学の研究者だけでは、研究成果の社会実装を具体化することは現実的ではありません。しかし、その役割を担う会社を設立し、また、継続的な実証実験を通して地元の商店街や活性化に取り組む方々ともつながったことで、我々の研究成果を地域経済の活性化に役立てる道筋が見えてきました。
仙台市中心部の商店街には毎日たくさんの人が訪れますが、通過するだけの人、買い物を楽しむ人、仙台ならではの飲食店を探している観光客など様々です。もしもあるエリアに今いる人々の行動履歴を把握し、その一人ひとりに最適化した集客や販促活動を仕掛けることができれば、大きな効果が期待できるはずです。現在では、多くの人々がスマートフォンを保持するため、スマートフォンが収集・蓄積する様々な個人データとアプリを活用すれば、こうした取り組みは実現可能です。実際、一部の大手インターネットサービス事業者は、自社サービスの利用者の個人データを活用した最適な広告配信や商品提案により、莫大な収益をあげています。しかし、地域の商店街が、地域アプリを活用して、そのような個人データ活用を行うことは現実的ではありません。地域アプリが、アプリ利用者の個人データを大量に収集・保全するには膨大なコストが必要であり、また、そのような個人データ収集と活用にアプリ利用者からの承諾を得ることも難しいためです。例えば商店街が実施する地域アプリを活用したスタンプラリーイベントでは、地域に分散配置されたQR コードを参加者がアプリで読み取ることでスタンプを獲得します。イベント開催中、アプリ運営者は、全参加者のスタンプの獲得履歴を収集・保全する必要があり、参加者が多数の場合には大きなコストが必要です。一方で、せっかく収集された個々の参加者のスタンプ獲得履歴(獲得した日時と場所のリスト)はマーケティングに役立つデータですが、目的外利用となるため活用することはできません。通常はイベント終了後に活用されることなく削除されています。
我々の研究成果は、地域アプリとブロックチェーン技術を組み合わせることで、個々のアプリ利用者の個人情報(個人を特定できるデータ)をスマートフォンの外に持ち出すことなく、第三者によって活用することを可能にします。具体的には、アプリ利用者の行動履歴は、匿名化された上でブロックチェーン上に永続的に記録され、誰もがその行動履歴に紐づくアプリ利用者に対してアプローチすることが可能になります。アプリ運営者は利用者の個人データの収集・保全のためのコストを負担する必要がなく、商店街はアプリ利用者の行動履歴に基づいた効果的なセールのお知らせやクーポンの発行が可能になり、また、アプリ利用者にとっても自身のプライバシを損なうことなく、自身にメリットのあるアプローチ(例えば割引率の大きなクーポン発行など)のみを受けることが可能となるメリットがあります。
この実現のために、まずは実績作りです。2022 年度には仙台市の「市民協働事業提案制度」を使って、中心部商店街のにぎわいづくりを目指す一般社団法人「まちくる仙台」、仙台市、私たちの会社、東北大学の四者による、地域の人流データを低コスト・低プライバシリスクで収集する実証実験を行うことができました。その実績を評価され、2024 年度には地域アプリとブロックチェーン連携の実証実験のための研究助成金を獲得できました。もし、それで成果を上げることができれば、仙台市が地域アプリとブロックチェーンの組み合わせによる地域活性化の分野で、全国の先頭に立つことも可能です。私も「2025年度が山場」というつもりで頑張っていますので、市民の皆さんにも、これから行う予定の私たちの次の実証実験に、ぜひご協力をお願いいたします。
教育研究棟5 階 M508 図書室にて)
研究者プロフィール

専門=情報セキュリティ
《プロフィール》(さかい・まさお)1974 年富山県生まれ。富山工業高等専門学校 電気工学科卒業。東北大学大学院 工学研究科 博士課程後期3 年の課程修了。博士(工学)。東北大学・大学院にて助手、講師を務め、東北大学教育情報基盤センター・大学院情報科学研究科 准教授を経て、2019 年より現職。ゼロワ株式会社取締役CTO。
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