東北工業大学 工学部 講師

東日本大震災の水災害は内陸でも
中村哲医師をテレビで知ったのは、高校2年生の時です。先生はパキスタンやアフガニスタンで、医療だけでなく、井戸を掘ったり用水路を建設するなどして尽くされました。水不足、砂漠化、洪水などの深刻さを知り、大学で水資源について学ぼうと決めたのはこれがきっかけです。先生は2019年、アフガニスタンで亡くなられました。先生には一度だけ日本でお会いする機会を得て、握手をしていただいたことが忘れられません。
技術者として発展途上国に貢献することを目指していたので、研究者になるつもりはありませんでした。しかし地球規模で水資源を考える研究は面白く、卒業後は大学院に進みます。タイや米国でも学ぶことができ、充実した5年間でした。ところがその間、2011年3月に東日本大震災が発生したのです。
私は学会に出席するため、東京に滞在中でした。当日は勉強会でオリンピック記念青少年総合センターにいたのですが、揺れの強さに「震源は東京に違いない」と思ったほどです。仙台に帰れなくなったため、その日はセンターに泊めていただき、翌日からは東京の兄のアパートで交通の回復を待ちました。
身近に大きな被害を受けた人はいませんでしたが、仙台に戻ると、あらためて被害の大きさに衝撃を受けました。研究室の先生が、決壊して死者が出た福島県須賀川市の藤沼ダムを調査されることになり、これに同行します。このダムは灌漑(かんがい)を主な目的としてつくられ、完成は1949年です。ダム湖周辺には公園やキャンプ場が整備され、大地震の当日は田に水を引く作業が始まる時期だったため、ほぼ満水の状態でした。これが震度6弱の揺れで決壊します。150万トンの水が土砂や樹木を押し流しながら下流の集落を襲い、死者7名、行方不明者1名という被害を出しました。私は人が亡くなった現場の調査は初めてだったため、今でも強く印象に残っています。
地震でダムが決壊して死者が出る事例は、世界的に見てもきわめてまれです。それだけに集落の方々やダムを管理する行政には、まさかという思いがあったでしょう。なお藤沼ダムは復旧し、2017年から再び稼働しています。
全国にはため池やダムなどの貯水施設が20万箇所以上もあって、予算や人手の問題で保守が追いついていないところが少なくありません。しかし津波による沿岸の被害があまりに大きかったため、同じ水災害でも内陸部の被害にはあまり目が向けられてきませんでした。被害の伝承や防災体制の見直しには、今も特有の困難があるのが実情です。
水の研究が氣候変動の時代に果たす役割
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水資源や災害・防災の研究で博士号を取得した私は、民間企業にコンサルタントとして勤務します。かねての希望通り、発展途上国の水問題解決のための調査・研究・助言に取り組み、1年の3分の1から2分の1は海外で暮らしました。
たとえばインドネシアの首都ジャカルタでは、地下水の汲み上げを抑制する法律の制定に関わりました。人口が集中し工業が発展すると多くの井戸が掘られ、大量の地下水が汲み上げられて地盤沈下を招きます。日本では高度経済成長期の東京が典型で、約7 mも低くなった場所がありました。少しずつ沈下するため、氣づかれにくかったり影響が軽視されたりしがちですが、大雨が降ると川や海に流れにくくなって、浸水被害の危険性が高まります。海の近くでは高潮に襲われる可能性が増しますし、地下水に海から塩分が入り込むなど被害は甚大です。
ジャカルタでは、調査のために約300 mの深さの穴を掘ることから始めました。観測に基づいて地盤沈下の状況を説明し、ポンプを使った取水をやめたり、雨水を流すだけでなく地下にしみ込ませる施策をとるよう提言し、実現に結びつけたのです。
一方で、日本の水資源や災害・防災にも関心を持ち続けてきたことは言うまでもありません。各地の自然災害の種類・場所・危険度などを、予測地図である「ハザードマップ」の形にまとめる、国土交通省や自治体の仕事にも携わってきました。
近年は「地球温暖化」「氣候変動」という言葉が多く聞かれるようになり、氣温の高さや熱中症もよく話題に上ります。しかし国連をはじめとする国際機関では、氣候変動や温暖化による影響が、1980年代から懸念されていました。条約の締結、温室効果ガスの排出削減の目標設定、そのための方策の議論などがされてきましたが、けして十分な成果は上げられていません。
私の専門である水文学(すいもんがく)は、一般の方にはなじみが薄いかと思います。日本で「水文・水資源学会」が設立されたのも1988年と比較的新しく、私にとっての河川工学がそうであるように、他の専門分野と並行して研究している会員が多いようです。しかし地球上の水の循環を考える水文学は、応用分野が水資源の開発・保全など社会・経済面にまで及ぶことから、氣候変動が大きな課題となっている今、重要性がさらに高まっています。
ゲーム画面で自ら防災を学ぶ子どもたち
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防災知識の普及に関しては、子どもが生まれたことで、いっそう関心が深まりました。災害に備え、発生したら早めに避難することの大切さは、誰もが知っています。しかし日本に限っても、大規模な災害によって毎年のように人命が失われているのが現実です。河川の氾濫(はんらん)や土砂崩れなどの水災害も多く、堤防を築いたりその高さを増すといった対策だけでは限界があります。より多くの方に、水災害についての知識を得て、考えていただきたいと強く思うようになりました。
小学生への防災教育について考えていたとき、自分の子どもが「マインクラフト」というゲームの画面に熱中しているのを見て、ひらめきます。土地、建物、人などがデジタルの3次元ブロックで表現され、自由に動き回ったり自分で世界を作り替えたりできるこのゲームを活用すれば良いのではないか、と。
敵を倒すなどの暴力的な要素はほとんどなく、すでに一部の小学校では「プログラミング教育の入門に良い」「共同作業が体験できる」などの理由で、授業に導入されています。もし自分たちが今いる学校や地域がゲームの中に再現され、そこが水に襲われたらどうなるかを、子どもたちが自分で操作して確かめられたらどうでしょう。きっと実感として、災害への備えや避難行動の大切さを理解してくれるはずです。
学生の時は現場志向が強く、研究者の道は考えませんでした。しかし博士号を取得している自分がさらに研究を深め、大学生だけでなく子どもたちの教育にも携わることにも、意義はあるはずです。そう考えて本学に赴任したことで、マインクラフトを使った授業の開発に、いっそう力が入りました。
地形情報は国土地理院のデータを、建物のデータは国土交通省のプロジェクトが提供するデータを活用し、ゲームへのデータ変換と読み込みは、カナダの企業が開発した仕組みを用いたことで、開発費用は必要最低限に抑えることができました。一方、今は児童生徒全員にタブレットやパソコンが行き渡っていますが、全てにマインクラフトが入っているわけではありません。クラスの人数分の機器を用意し、教室にセットして環境を整え、学生たちに協力してもらって授業をしてみると、子どもたちにも先生方にも大好評です。お金も手間もかかりますが、「これは普及させる価値がある」と確信しています。この取り組みは日本工学教育協会の、2023年度の賞をいただくことができました。今後も授業で子どもたちに意識を高めてもらい、帰宅後は家族と授業の内容について話し合ってもらえるよう、継続したいと考えています。
日本は自然災害が身近で、研究が社会の要望に応えていることには大きなやりがいを感じています。しかし科学的な根拠に基づく防災施策の実現には、市民の皆さんの理解と行動が欠かせません。中でも水災害は被災地域が限られることが多いため、強い関心を持ち続けていただくことが難しいかもしれません。ところが水災害時には意外な工業製品の生産・流通がとどこおるなどの形で、実は私たちの生活に大きく影響しています。今これをお読みの皆さんにも、たとえば旅行先にその土地の過去の自然災害を伝える展示や記念碑があれば目を向けるなどして、「自分ごと」として考え続けていただければと願っています。
研究者プロフィール

専門=水文学・水工学・河川工学・下水道工学
《プロフィール》(おの・けいすけ) 1986年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業。東北大学大学院 工学研究科 博士課程後期修了。同課程に在籍中、タイ国アジア工科大学院、米国カリフォルニア大学デービス校に学ぶ。博士(工学)。日本学術振興会 特別研究員(DC1)、株式会社 建設技研インターナショナル勤務を経て、2022年より現職。技術士(建設部門/上下水道部門)。 共著書に『東日本大震災を分析する1 地震・津波のメカニズムと被害の実態』など。
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