日時 特別展:9月10日~11月4日
場所 仙台市博物館
主催 仙台市博物館
昨年が親鸞(1173~1263)生誕850年、今年は教行信証を著してから800年という年回りになります。本展は浄土真宗各本山や東北各県の寺院などに伝わっている貴重な文化財を通じて、東北地方における浄土真宗のひろがりを紹介するものです。浄土真宗は我が国最大の仏教宗派です。親鸞の門弟の中で東北地方へ教えを伝えた者が幾人もおり、念仏の教えが受け継がれています。学芸員の皆さんが手分けして各地を訪れ、所蔵者の了解を得て、展示されているそうです。東北地方の浄土真宗に関して過去最大のものとなり、貴重な作品が多く、得がたい機会だそうです。
個人的には特定の宗教を信仰していませんが、日常的には神道や仏教に馴染んだ生活を送っています。本展関連イベントの講演会にもなるべく参加してみました。さて、親鸞とはどのような人だったのか、と気になりました。展示された肖像画には特徴が捉まえられているのでしょう。仏教界の名僧の1人でそれまでの小乗仏教から大乗仏教を広めた革新的な活動をした宗教者です。直弟子唯円が親鸞の教えをまとめた歎異抄は有名です。
90歳で往生を遂げた親鸞について、史料が限定されていて宗教家には研究対象になっても歴史家にはなりにくい、と歴史家は言います。そのような親鸞でも多くの作家が小説を著わしています。五木寛之作親鸞(全3部作)を読んでみました。著者はどこまでも小説であり、典型的な稗史小説であると記しています。この小説には著者の親鸞像が示されており、90歳の長寿を全うした偉大な宗教者であったことがうかがえます。本展で展示された晩年の親鸞像に得心が行きます。
宗教を離れて日本の思想家として親鸞を高く評価する評論家もいます。また、日本の歴史のなかでまれにみる独創的な思想家、当時の社会状況に対して権力に屈することなく民衆の側に立ち続けた革命思想家と評価する共産主義者もいます。
「親鸞と日本主義(新潮選書)」で、中島武志は親鸞を信奉する宗教者、文学者、思想家などが昭和初期に急速に日本主義へと傾斜したことを述べ、親鸞の教えを追求するが故、日本主義へとつながったように、両者には結びつきやすい思想構造があると論じています。同氏が震えたという吉本隆明の「最後の親鸞」も読んでみました。
親鸞について著書も多い五木寛之は「私の親鸞 孤独に寄りそうひと(新潮選書)」で、学べば学ぶほど親鸞の姿が遠くなって分からなくなる、親鸞に対する近代的な理解なり、論評というのは親鸞をますます難しくしているようだと述べています。テキストを高度に理解し分析し、哲学的、思想的に位置づける中で、親鸞がどんどん複雑で高度な思索の対象になっていき、それとともに自分から遠ざかっていくことに矛盾を感じるそうです。
宗教者で、思想家でもある親鸞は多くの人を強く引き付ける魅力ある存在のようです。理解を深める為には自分なりに考え、歎異抄などを読み解いていくことが必要なのでしょう。今回も刺激を受けた特別展でした。
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