第6号のテーマ「図書館の科学」に因んで、図書館にまつわる思い出を二、三お話してみたい。
私は二十歳代を終える前の5年ほどを、前職の関係から静岡県で過ごした。静岡市が政令指定都市になるずっと以前である。静岡県では県立美術館と中央図書館が隣接しており、小高い森に囲まれた立地環境だったと記憶している。図書館へ行く前に少しだけ美術館に立ち寄ってみよう。
当時、静岡県は彫刻家オーギュスト・ロダンの作品購入に力を入れていた。その動きの一つとして、県は有名な「カレーの市民」の試作のひとつを購入し、この県立美術館に置いた。その展示の仕方がなかなかユニークで、通常のように展示ケースに収めたのではなく、何と正面入り口を入ってすぐのエントランスホールに、しかも素(す)のままで置いてしまった。もうひとつおまけに手で触れることを許可してである。これは主として視覚障害者の便に供された施策だが、晴眼者が触れることも許されていた。ここがこの美術館のすごいところだ。(ただし、今でもこの展示形態であるかどうかは定かではない。)
このすごい美術館の北に隣接して、木々の生い茂る坂道を昇りきると中央図書館が佇んでいる。この図書館へも少なからず足を運んだ。どんな用向きで出かけて行ったかは、もうほとんど思い出せないが、ひとつだけはっきりとした記憶がある。
その頃私は、寛永~寛文期に流行した語り物である説経節に関心を抱いていた。その代表的演目のひとつが「山椒大夫」で、これは森鴎外の小説でも名高い。そこで、『山椒大夫』についての参考文献を探しに中央図書館へ足を運んだことがあった。誰かの引用だったか鴎外自身のものだったかは忘れてしまったが、望みとする文章が見つかった。説経節「山椒大夫」を主題として「一篇の夢のような物語を書きたかった」と鴎外が書き残している。この一文によって作品との距離が縮まり、また、この図書館の記憶が蘇ってくるのである。
時は移って今から6, 7年前になろうか。初めて宮城県図書館に行ってみた。その動機は、どういう雰囲氣のところか見てみたい、ということだった。館内をいろいろと見て回ったが、こういうように図書が展示されているところに来ると、職業柄どうしても自分の会社で組版した本や出版した本が陳列されている棚に行って、一目確かめてみたくなる。別に借りる訳でも買う訳でもないのだが、陳列されていることを確かめて、つい奥付を確認してみたりなどする。この日も例に漏れず、郷土資料を陳列している部屋へ行き、『仙台市史』のあることを確認し、これを組んでた時はちょうど下の子が生まれた時期だったよなあ、などと超個人的な感慨に浸ったりしていたかもしれない。
それはさておき、せっかく来たのだから何か蔵書を閲覧しようと思った。こういう所でなければなかなかお目にかかれないもの。いろいろ考えた挙句、その時期、井上ひさし氏の『四千万歩の男』を読んでいる最中だったので、伊能忠敬の測量実測図を見てみたくなった。閲覧手続きをして程なくすると、両手で抱えなければ持てないような大判のカラー写真図版集が出てきた。果たして予想はしていたものの、全くその精密さに驚き、完成までの強靭な意志力と忍耐力が慮(おもんぱか)られた。
「今日は来てよかった」
そんな一日であった。
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