しばらく前に読み終わった本に書いてあったことが印象的でした。
時に「学び」や「知識」というものは人命よりも尊ばれるのかという話。
第二次世界大戦といえば、史上類を見ない大戦争だったでしょう。
話変わって、サンクトペテルブルクといえばロシアの大都市ですが、1990年にソビエト連邦が崩壊する前はレニングラードと呼びました。この街、横浜と同じように「外国」の窓口として、地理的にも心理的にもヨーロッパに近いものがあったのです。
それが災いしました。
300万人を超える人口を抱えていたにもかかわらず、敵軍に包囲されてしまったのです。食糧の備蓄はほとんど無く、セルロースやおがくずを混ぜたパンの配給が続きます。餓死者がバタバタと出る中で、革の鞄や材木など、身の回りにあるものは何でも食べたとのこと。もちろん誰しもそうしたことでしょう。
しかし、そうはしなかった人がいました。
ニコライ・ヴァヴィロフという植物学者ですが、彼は当時たいそう有名な人物で、20万種もの種子標本を持っていました。そのコレクションの核がレニングラードにあり、彼の部下が保管していました。20万もの種子ですから、当然魅力ある食糧といえます。彼はどうしたか。
食べませんでした。
ヴァヴィロフ氏の名もない部下は、自らが餓死してもコレクションを守ったのです。
そして人々は、最悪の時でも詩を書くことを止めませんでしたし、図書館に通うことを諦めませんでした。
結局レニングラードの包囲は約900日にわたり、一番小さく見積もって70万人近い人が死亡したとのこと。
900日といえば、足かけ3年です。ところで「まなびのめ」はようやく3年目に入り、まだまだ戦いの真っただ中。皆様からの一言が身にしみるのです。様々な節目を迎えるにあたり、去る人があれば、来る人もある今日この頃ですが、次号発行に向けてまた頑張ってまいります。ありがとうございます。
死んでまで学ぶことがあるものか、そこでYESと答えた人たちがいるのは歴史の事実であります。知恵の価値は無限です。益々研鑽したいものですね。
参考:ハリソン.E.ソールズベリー「攻防900日 上・下」早川書房 2005
![まなびのめ - 学術の世界と市民をつなぐ情報誌 [Web版]](http://manabinome.com/wp/wp-content/uploads/2016/04/sub-rogo.png)