編集部だより

年明けて

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 昨年夏場の編集部だよりを読み返していたら、「暑い」「猛暑」という言葉が飛び交っていたが、今年の冬もどうしてどうして、なかなかに寒い。日がめぐり月がめぐり年がめぐり、正月がくれば日本人みな一様にひとつ年をとる。暑い時には暑いと言い、寒い時には寒いと言い、今年も桜が咲いた、紅葉が美しいと言っては野や山に足を運ぶ。
 
 このような一年の繰り返しは一見何の変哲も無いように見える。「マンネリ」という語は負のイメージで使われる場合が多いが、では果たしてこの一年のめぐりはマンネリなのだろうか?
 
 ここ数年来、年末から年初の時期にはこんなことを考えるようになった。それだけ年を取ったということかも知れない。私も若い頃にはマンネリだと思っていた時期が確かにあった。今ふと思い出したが、高校の現国の時間に「新年、正月に関する俳句を作りなさい」という課題が出されて、私は次の句を提出した。
 
   年明けて 新たに思う こころなし
 
 担当の先生は「ちょっと醒めていて高校生らしくない」というご指摘であった。思えばこの頃からジジ臭かったきらいが無いでもない。特に斜に構えていた訳でもないのだが、実際にこれが正直な氣持ちで、自分の中ではマンネリに思えた。
 
 春秋を重ねて生きて来ると、こう氣づいてきた。マンネリであるかは知れないが、それは大いなるマンネリである、と。遠い昔から先人たちが営々と築き、守り、伝えてきた智恵と習俗の昇華、日本人の魂がその正体であった。
 
 「まなびのめ」編集に携わるようになってから、それ以前と較べて季のめぐりが格段に早く感じられる。そう言えば、この「季」という捉え方や「節氣」などというのも、智恵と習俗と魂の昇華の例ではなかろうか。これが日本人にとってどれだけ生活の平衡と心の平安に役立っていることか。
 
 「まなびのめ」は今年も「季」の節目節目に、大いなる進化と継続を実行していかなければならない。
 
 

「まなびのめ」編集部 佐藤 曜

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