市民読書会や哲学カフェに参加していると、しばしばこのようなことを言われたりします。
「みなさんのように勉強できないから…」
「専門的な知識をもっていないから…」
おそらく研究者は、一般的に、「頭がいい」とイメージされているのではないかと思います。実際に、研究者とお話してみると、「頭の回転がはやいなぁ…」とか「自分の知らないことをいっぱい知っているなぁ」と感じるかもしれません。また、優れた研究成果を多く出している大学と大学入試の指標となる偏差値の高低は、なにか関係があるようにも見えます。
しかしながら、「研究=頭のいい人にしかできないこと」ではない、と思います。
もちろん頭の回転がはやかったり、記憶力が高かったり、語学ができたりすることでやれる研究の可能性は広がります。しかし、それよりも必要なのは「ひとつのことを考え続けること」だと思います。自分の氣になること、疑問に感じていることをずーっと考えたり、そのことに関する本を読んだりし続ける。そうした持続力が、研究を支えています。10年、20年と同じ問題に関心をもってとりくむことは非常に体力と執着心を必要としますが、それだけ続けられればもうその道の専門家になっているハズです(コレクターやマニア、オタクに通じるものもありますね)。
予備校時代の先生がこういうお話をしてくれたことを今でも覚えています。
英語の成績が非常に悪い同級生がいたそうです。その同級生は、冠詞(”a”とか”the”、ですね)が理解出来ず、ずっと「”a”ってなんだ?」と言っていたそうです。その後、その英語の成績が悪かった同級生は、英文法の研究者になった、ということです。
何事も「継続は力なり」です、と言ってしまえばそれまでなのですが、だからこそ「研究」はだれにでもできるものであると思います。身近な疑問やひっかかりをきっかけに、「研究」の道に踏み入れてみてはいかがでしょうか?
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