長塚の『土』は、漱石が「余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと言い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている」と褒め称えた農民文学の代表作である。
本著の特徴は、明治時代の農民一家の暮らしとそれを取り巻く環境を、驚くほど濃密にかつ淡々と描いていることと言われる。実際、豆腐を浮かべる桶に溜めた水の冷たさ、といったものが、実感として私たちに迫る。
『土』の魅力は、これにとどまらない。精緻に書き込まれた農民生活の端々は、私たちに当時の生活と習俗を教えてくれる。民俗学的な興味を持って読んでみると、違った側面が見えてくるのではないか。ランプで明かりを灯す場面があるが、これは行灯といった前時代の道具と異なる、近代の利器が灯す明かりなのである。
重苦しい雰囲氣が漂い、文体は旧仮名遣いそのままの『土』は、お世辞にも読み易いとは言えない。しかし、それもまた趣があるという一冊である。
(伊)