名著への旅

第9回『福翁自伝』

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 中学校時分からずっと目の前にありながら、永く読まず嫌いをしてきた本である。どうも「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」から来る堅いイメージが一因であったようだ。

 「フランクリン自伝」などとともに、自伝文学最高峰のひとつに挙げられる。読んでみれば、ページの先を争う面白さである。諭吉唯一の口語体の書であり、その点現代人にもなじみ易い。

 想像を絶する記憶力。加えて語り口の氣っ風のよさ。そもそも口述筆記したものが基になっているので、その語勢が直に伝わってくる。今でこそ傑出した啓蒙家というイメージが先に立つが、若い時にはなかなか豪放にして破天荒であったようだ。史実に絡んだ部分はもとより、時代思想や政治、あるいはお金や処世というものに対して、彼がどういう考えを抱いていたか。これを知るだけでも一読の価値がある。

 文庫本にしてケース入り。昔の本づくりはまことに剛毅であった。

(曜)
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