宮城学院女子大学 生活科学部 准教授
「女の子だから」の期待があった頃
アンケートやインタビューなどの手法を用いて、家族、ジェンダー、そして今回のテーマであるワークライフバランスなどを研究してきました。こうした問題に関心を持つようになったのは、私自身の経験が大きく関わっています。
私は父がサラリーマン、母が専業主婦という家に生まれました。父はモーレツサラリーマンで、母は高卒で就職し職場結婚して家庭に入るという、当時としては典型的な、親が性別役割分業の、近代家族の子どもだったのです。
しかし高校生にもなると、「自分も母のようになりたい」とは思えなくなります。共学の進学校でしたが、男子は四年制、女子は短大へ進む人が多い中、私は「四年制大学に行って、将来はフルタイムで働こう」と思うようになります。両親も賛成し、父は「自分は大学まで行けなかったから」と応援してくれました。
ところが、高卒後いわゆる宅浪していたとき、父が急に亡くなります。毎日深夜まで働いていたため過労死だったと思いますが、心臓発作を起こし事故のような亡くなり方でした。これをきっかけに私たちの生活は激変しました。
母は父の会社でフルタイム雇用してもらえることになったのはよかったですが、20年ぶりに会社員になったのですから仕事と家庭のマネジメントは大変でした。いきおい家の中のあれこれは、私の役割となりました。たまたま、予備校にも行かず家にいた私に、母が家事やきょうだいの世話を期待したのは当然でしょう。もちろん家の状況が急変したわけですから私もアルバイトをしたり買い物や食事の用意をしたり、家族のためにという思いから頑張りました。
しかし今とは異なりほぼ一般入試のみの大学受験は熾烈で、家のことに追われて十分勉強できなかった私は翌年も志望校には受からず、当時女子では珍しかった二浪をします。二浪目は予備校に通いましたが家のことをやりながらですのでさしずめヤングケアラーとの二足ですね。進学したのは教育大学で、第二志望でもあり、家から通えて、社会や文化のことを広く学べそうだということで、将来の展望はぼんやりしたものでした。ただ社会科学を全般的に学ぶ学科だったのでその中に社会学の授業があり、そこでジェンダーやフェミニズムの思想に触れ、結果として社会学の道へと進むことになったのです。
宮城の男性はかなり家事をする?
社会学の授業は、それまで当たり前だと思っていた社会の在り方について問い直す機会となりました。この頃は、女性が結婚して家族を持つと労働者として二流にならざるをえないという資本制と家父長制の関連を論じた上野千鶴子さんなどが論壇に出てきて、むさぼるように読みました。自分が抱えてきた困難に、学問的にアプローチできることを知ったのです。
私は大学院の在学中に結婚し、出産し、育児をしながら研究を進めました。夫は出張が多い会社員で家の中のことはどうしても私に集中しがちです。そうこうして育児と研究がうまく回るようになってきた頃、手助けしてくれた母親が肺がん、祖母が認知症であることがわかり、子育てしながら親たちの闘病生活を支えるというサバイバルな「サンドイッチ」期間を過ごします。この期間はあまり記憶にないほど大変でしたが、家族を研究する立場となると示唆が大きかったと感じます。
子どもを持つ親たちがどのように家事や育児を分担しているのか、家庭ごとの実態は見えづらく、当時本当に知りたかったので、保育園のママ友たちに協力してもらってこれを研究することにしました。家族社会学ではアンケート調査のような手法ですでに多く研究されていましたけれども、自分なりに納得できるものは少なく、家事は個人によって捉え方が異なるのでそこに焦点を当ててみようとインタビューを始めました。その後、子育て中の女性研究者を対象にしている民間の助成金をもらって研究を進め、博士号を取得した後研究者の職を得ました。
私の社会調査の例を挙げましょう。2020年に宮城県を中心に約400名の男性を対象に、家事に関するアンケート調査を行いました。この調査では家事を細かく18項目に分け、夫婦のどちらがどの程度行っているかを答えていただきました。
全国的な調査もあり(社会生活基本調査)、重なる項目では比較もできます。ちなみに6歳未満の子どもがいる夫婦の1週間あたりの「家事関連時間」は、全国平均が夫82分に対して妻450分、宮城県では夫85分に対して妻462分と、どちらも5倍以上の差があって大きな違いはありません。
しかし私の調査で家事の具体的な内容を細かく分類して調べてみると、宮城県の男性は全国平均よりも家事・育児に積極的であることが分かりました。たとえば風呂洗い、部屋の掃除、食事の後片付けなどは、全国では「まったくしない」男性が4割前後いるのに対して、宮城県では1割程度です。
回答者の違いもありますから、単純な比較はできません。しかし私が2019年から翌年にかけて仙台市内の高齢男性に行ったインタビュー調査でも、予想よりもずっと、家事や育児、さらには介護や地域活動に積極的であることが分かりました。たとえば私の地元である大阪と比べると、職住が近接していて通勤時間が短かかったり、農家に生まれ育って子どもの時から家事を担っていたりすることも関係していそうです。
家事や育児は大変なだけでなく楽しさもありますし、歳をとって一人で暮らすことになっても、自分の生活と健康を守る技術や知識が身につくという大きなメリットがあります。宮城県の男性の皆さんには、以上の調査結果に満足することなく、いっそう家事に励んでいただきたいと思います(笑)。
誰もが働いて生活を楽しめる社会へ
社会学では調査データから統計的に分かることや、その要因などを考察します。夫婦間で家事の時間が極端に異なる理由の説明としては、持っている資源の差、具体的には収入の差が力関係を生み、夫が妻に家事を担わせることになるという「相対的資源仮説」が有力です。
男女雇用機会均等法が成立して約30年、産休・育休を取った女性が定年までフルタイムで働くこともかなり増えてきました。しかし実際には今もなお、雇用・業務・昇進などで女性と男性に差をつける企業は多く、子どもができると女性だけがフルタイムの仕事を手放さざるを得ないといった現実があります。家事の負担と責任は女性に大きく偏ったままで、仕事に専念できる男性との収入や地位の面での格差は明らかです。
近年は政府も企業もワークライフバランス、仕事と生活の調和というスローガンを掲げていますが、まだまだ実体をともなっているとは言えません。しかし本学で若い女性たちと接していると、仕事や家庭に関する考え方が、はっきりと変わりつつあることが実感できます。私が所属する生活文化デザイン学科では、中学・高校の家庭科教員免許の取得が可能です。日本の現状や海外の取り組みを学んだ彼女たちが教壇に立つことで、この変化はさらに進むでしょう。また彼女たちの教育実習先を訪ねると、中学でも高校でも、家庭科の授業の課題に楽しく熱心に取り組む男子生徒たちの姿が見られます。
日本の少子高齢化・労働人口減少という大問題は、ずっと前から分かっていました。あわてて形だけのワークライフバランスに取り組んでも、解決はできません。誰もが長期的なライフプランに基づいて、性別に関係なく働け、家事や育児を担い、生活を楽しめる社会を本氣で目指す必要があります。それはたとえば、誰もが夕方5時には業務を終え、預けていた子どもを迎えに行ったり買い物をしたりして、6時には帰宅できる社会です。
さらに言えば結婚制度や家族のあり方も、変えるべき時期に来ていると思います。婚姻関係にはない男女や同性のカップルが、一緒に暮らしたり子どもを育てたりすることは実際にはかなり見られるので法的にも認めて支援すべきです。外国人を含む多様な人々、多様な価値観を受け入れる寛容さも、これまで以上に必要でしょう。ワークライフバランスについては、政府も企業も、そして私たちも、このように長い人生の全体、そして社会全体に視野を広げて考える必要があると思います。
研究者プロフィール
専門=家族社会学・ジェンダー論
《プロフィール》(ふじた・かよこ)1969年大阪府生まれ。大阪教育大学教育学部卒業。大阪大学大学院 人間科学研究科 後期博士課程修了。博士(人間科学)。大阪大学男女協働推進センター助教を経て、2017年より現職。
共著書に『フェミニズム・ジェンダー研究の挑戦:オルタナティブな社会の構想』(2022年/松香堂書店)など。