月日 2023年12月9日13:30~15:30
講師 齋藤仁氏(山形市役所) 柴田尚氏(仙台・水の文化史研究会会長)
場所 東北大学大学院環境科学研究科本館2階大講義室
主催 仙台市環境局環境共生課
毎年開催されているフォーラムです。2022年3月開催時はオンライン参加も可能でしたが、今回は会場のみでした。抽選の結果、幸い参加することができました。
内容は、アニメ動画「孫兵衛と四ッ谷用水」、講演 斎藤仁氏「領内用水について~四ッ谷用水と山形五堰を例として」、話題提供 柴田尚氏「仙台城下は奇跡の台地」でした。
講演は山形市職員として山形城の史跡発掘調査を長く担当されていた斎藤氏が四ッ谷用水と対比しながら山形五堰を解説するものでした。
山形藩といえば最上義光を思い浮かべますが、その後は領主が度々変わる藩でした。現在霞城公園となっている山形城は平城です。その面積は広く、NHK番組のブラタモリで紹介された際も面積が大きいことが特徴だと説明されています。山形市域は馬見ヶ崎川の扇状地となっており、扇状地上流側の山側に城下町が広がり、下流側に山形城が位置しています。仙台城と仙台城下の位置関係とは異なります。
1622年最上氏は改易され、山形城は幕府により改修されました。翌1623年(元和9年10月)、鳥居忠政治政下に大洪水が発生し、馬見ヶ崎川の治水対策として右岸山側沿いルートへの流路変更工事が行われました。この川の付け替えが影響し、下流地域が水不足になり、山形五堰の建設工事が1624年に行われました。2024年には400年の節目を迎えます。
五堰は馬見ヶ崎川の5地点から取水され、水路を経て、城下町から下流農村部までの広い地域に生活用水、農業用水として利用されています。山形藩は領主が頻繁に変わり、分割された領地には領主が何人もいて、地区毎に異なっていたので、水争いが非常に多く、五堰の維持管理も複雑だったようです。
山形五堰は2023年に国際かんがい排水委員会から世界かんがい施設遺産に登録されました。建設から100年以上経過したかんがいを主目的とする施設が対象となります。評価理由は、地域で一体となって水源を守ってきた歴史があること、山形市の様々な発展に貢献した歴史があることでした。宮城県内では大崎市内の内川が登録されており、全国では51施設あります。因みに四ッ谷用水は2017年土木学会選奨土木遺産に認定されています。
講演後には多くの質問が出ました。藩政時代、日本各地に領内用水は多数存在しましたが、それらとの比較によっても四ッ谷用水の特徴も見えてくるようです。
話題提供では、柴田氏が伊達政宗は台地と湿地の仙台になぜ開府したのか、という疑問の謎解きをします。5万人という家臣に対する水の手当が重要だという考え方を提示し、地下の地質構造の特徴から湧水が多いこと、さらに四ッ谷用水により地下水も涵養されたことにより、仙台台地に豊かな地下水をもたらしたことが大きな理由ではないか、と考察します。仙台は杜の都でもあり、水の都であると説きます。四ッ谷用水に関しては佐藤昭典氏の多くの調査研究書などがありますが、柴田氏の話も示唆に富む内容でした。
本フォーラムの冒頭、主催者側から四ッ谷用水は残存施設が少なく、記憶として残し、継承していくことが重要である旨の挨拶がありました。四ッ谷用水は、明治時代以降、仙台の都市化の進展とともに改廃が進み、一部は市の下水道施設になり、県の工業用水道としても利用されています。そのため水路も暗渠化され、市街では往事の姿をみることはできませんが、仙台の発展の礎を築いてきたことは首肯できます。
この四ッ谷用水に関しては、毎回有意義な内容のフォ-ラムや現地調査にも参加する機会を得て、多くのことを学んできました。感謝を申し上げつつ、さらに多くの市民が知る機会を得られるようにオンライン参加可能なフォーラム開催や後日の動画配信など検討してもらえるとありがたいと思います。