月日 10月28日(土)1300~1600 動画配信11月20日~12月11日
場所 東京大学伊藤謝恩ホール
講師 講演 門井慶喜氏(作家)
対談 門井慶喜氏、藤田英昭氏(徳川林政史研究所)
主催 上廣倫理財団
今年は関東大震災から100年の節目の年です。マスコミなどでも特集が組まれ紹介されています。本フォーラムは徳川時代の災害復興をテーマとして東京で開催されましたが、後日動画配信で視聴しました。配信期間中は繰り返し視聴も可能です。
フォーラムの前半は門井慶喜氏の講演です。「江戸・東京の災害復興」と題するもので、明暦の大火、関東大震災、東京大空襲という災害を経験した江戸・東京の復興について歴史的な流れも読み解きながら話していきます。自著「江戸一新」で描いた明暦の大火に関連しています。氏は自然災害由来でもその後に復興が必要なものと不要なものに分かれるとし、前者には日本の代表的な災害の地震・火事などがあり、後者には冷害などによる飢饉があるといいます。火災を中心とした災害とその後の復興について考察していきます。
フォーラムの後半は徳川林政史研究所の藤田氏との対談です。徳川林政史研究所は尾張徳川家の木曽山の管理のノウハウを研究する施設として関東大震災の年、大正12年に設置され、現在に至っています。藤田氏は、徳川時代、関東・中部・近畿地域の御三家や親藩などの大名の領地は幕府領とみなし、災害復興には幕府自ら対応するが、外様大名領地内の災害は大名自ら対策することになると話していました。徳川時代の研究者である藤田氏からの突っ込みが興味深く、門井氏の講演内容を深めるものになりました。
門井氏は「火事は江戸の花」と言われた理由について、建築物は屋根を含めて木造だったこと、江戸の発展とともに人口が増加し、建物が密集していること、関東地方特有の冬の季節風(空っ風)のために火が広がりやすかったことを指摘します。これは江戸の弱点だったと述べます。
明暦の大火は江戸時代の最大の災害であり、江戸城の天守閣も炎上するなど、被害甚大なことから、幕府としても危機感を覚え、従前にはない本格的な災害対策を行いました。1つは、被災庶民に食べ物を施すお救い米(炊き出し)、2つめは、木材の買い占め禁止対策、3つめは、治安対策としての夜間外出禁止令、そして、災害再発防止策としての建築制限、即ち密集地にたいする火除地の設置や道の拡幅を行いました。上野広小路などは地名に残る道の拡幅の代表例です。失敗に終わったものもあるようですが、幕府としては可能な限り対策を行いました。
こうした努力により、江戸初期に発生した明暦の大火以後、これを上回る大火は江戸時代には発生しませんでした。門井氏は幕府の対策はある程度成功したと考えてもよいといいます。江戸はこの時の施策によって都市区域が拡大し、江戸から大江戸へと発展していくことになります。
明治時代に外国からレンガや石材という不燃性の建築材料が入り、東京の建築物にも使われ始めました。しかし、高価なため普及せず、木造建築物の都市のままでした。そうしているうちに、大正12年(1923年)関東大震災が発生し、大火災により東京は焼け野原となります。この時、登場したのが後藤新平です。復旧に代わり復興という言葉が定着したのはこの頃です。復興事業の基本は火除地の整備と道路の拡幅でした。結局のところ、明暦の大火と同じ政策です。さらに、22年後の昭和20年東京大空襲による火災で東京は再び焼失しました。その復興では、関東大震災を経験した多くの人の経験値が活かされ、庶民の力が復興を促進しました。
12年前の東日本大震災では津波災害は別として、地震による建物倒壊の被害は少なく、火災も少ない状況でした。建築物の耐震、耐火構造技術が発達してきており、その結果、自然災害による破壊が少なくなり、建築物は残存することになります。このことが従前の災害とは異なり、今後の課題となると説きます。自然災害による建物の崩壊が少なくなり、都市の新陳代謝がなくなります。今後の都市の復興は、人間が考え、人間の手により建設的な破壊を進めていく復興となる、と予想します。
小説「江戸一新」には発展する都市・江戸の再建と復興過程が描かれています。自然災害を復興が必要なものとそうでないものに分けるという考え方には異論があるかもしれません。広義に捉えれば、復興にもハードとソフトの両面があるのかと思います。氏の復興は都市の再興、建設などハードの復興を指しているように思います。ソフトな復興には、被災者の救済、生活再建策、経済社会の再建対策、再度災害防止策、そのための新たな制度設計等が考えら、地域コミュニティの再生や人間の心の復興という課題も残ります。
氏の近著に「天災ものがたり」では、鎌倉時代から昭和に至る期間に発生した天文11年甲府洪水、明治三陸沖地震津波、寛喜2年大飢饉、富士山宝永噴火、明暦大火、昭和38豪雪という天災に見舞われた日本各地の人たちの様々な生活断面が描かれています。「銀河鉄道の父」も感動ものでしたが、災害という切り口から描く人間模様も感銘深い物語でした。