コロナ禍において直面したことのひとつは、医学・医療のあり方と「エビデンス」なるものへの注視だろう。本書は、医療人類学を専門とする著者による、生と死、健康や科学といった事象を理解するのに最適な書物である。
二部構成であり、前半は治療行為やパンデミックの実践と経験に関して、後半は生きることの標準化の問題性と個別の生のあり方にアプローチしている。例えば前半において「血液サラサラ」という表現が取り上げられる。投薬によって実際に「血液サラサラ」になるわけではないが、患者に有用そうなイメージを想起させる語彙として活用されているという。そこには「科学的・医学的な正しさ」と「結果的に患者の状態を良くする」ことの狭間で医療行為がなされていることが示される。また後半では、統計学的に導出される「平均的な人間」把握や全てを個に還元する視角を批判し、流動的で他者との関係を重視する人間観を提唱する。また、個の生を個の時間から価値づけようとする時間論的アプローチも含んでいるところが面白い。
本書は「自己と他者」という普遍的なことを問いながら、現代を生きる一人ひとりの困難や苦難に光を当ててくれる、今読むべき名著である。
(寺)