研究者インタビュー

「幸せな国」デンマークで大人はこう学ぶ

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東北学院大学 地域総合学部 教授
原  義彦 先生

公民館の「公民」とは?

 日本やデンマークにおける「大人の学び」について研究をしています。多くの大人や高齢者が学ぶ各地の公民館は、日本固有のユニークな教育施設です。公民館は、戦後間もない1946年、文部省(当時)によって設置が促進されます。その後、公民館は、1949年に制定された社会教育法に位置づけられ、市町村が設置することが定められました。

 当時は民主主義や平和主義、住民自治など、戦前の価値観を転換した新しい考え方を広める必要がありました。それゆえに公民館の「公民」は、「主権者である国民・市民」という意味に由来します。学校教育では、中学校社会科の公民や高校の公民科がありますが、その根底は公民館と共通しています。社会教育法で公民館は、教育・学術・文化に関する事業を行うことで、地域住民の教養、健康、福祉に寄与するとされています。現在の公民館には、各種の講座を開いたり、サークルに活動場所を提供したり、また、地域活動の拠点などの役割があります。

 ピーク時には全国に1万9千ほどあった公民館ですが、今は1万3千ほどに減少しました。また仙台市の「市民センター」のように、法律上の公民館であっても他の名称を用いる例も増えています。それでも全国の公民館の数は中学校の数よりも多く、公民館はより身近な地域で、住民の学習や交流、地域づくりを支援する中心的な役割を担っているのです。

 私は長野県の出身で、地元の大学の教育学部で学びました。小学校の教員になることも考えていましたが、卒業論文で公民館を取り上げたことから社会教育への関心が深まり、研究者への道を歩み出しました。長野県は「教育県」と言われるように教育に熱心なことで知られていますが、これは学校教育にとどまらず、大人の学びや教育なども合わせたものであると考えています。その証しの一つが公民館で、長野県の公民館の数は全国の1割ほどにも及び、都道府県別では第1位となっています。

 公民館が近所にあって、大人がそこで学んだり自主的な活動をしたり、また、地域の自治活動や育成会の活動に参加するのが当たり前のことという環境が、知らず知らずのうちに子どもたちにも影響しているように思います。長野県民は議論好きと言われるのもこうした環境が関係しているのかもしれません。

幸せな国の学校:フォルケホイスコーレ

 私は昨年本学に着任するまでは、秋田大学に勤めていました。秋田県は、1970年代から全国に先駆けて「生涯教育」に力を入れてきたことで有名です。当時の知事の主導と県民の熱意によって、すべての世代のための学習・教育施設や講座が数多く開設されました。現在、小中学生を対象とした全国学力・学習状況調査で、秋田県がトップクラスを維持し続けているのは、「大人がよく学ぶ」ことと無関係ではないはずです。

 宮城県にも、優れた活動を行っている公民館がたくさんあります。文部科学省は毎年「優良公民館」を表彰しており、2020年には白石市の斎川公民館が、全国でただ1館の最優秀館に選ばれました。若者に公民館の運営や講座の企画に参加してもらうなどの工夫をしています。こうした成功事例を共有するとともに、地域の実情に合わせて運営体制や住民とのよりよい関係づくりという本来の意味でのPRを見直すことで、公民館は今まで以上に役割を果たせるものと考えています。

 大学院に進んでからは、公民館の問題点を明らかにするだけでなく、どうすれば効果的な改善ができるかという問題意識に基づいて、東北、関東甲信越、九州などで実証的な調査研究を進めてきました。以来、これまで、企業経営の評価方法や改善の手法、また医学における診断と治療の考え方なども参考にして、公民館の「経営診断」の技法を研究テーマにしています。

 海外についても調べる中で、私が特に興味をひかれるのはデンマークです。デンマークは、その面積や人口が東北6県を合わせた数字に及ばないほどの小さな国です。一方で一人あたりのGDP(国内総生産)は日本を上回り、世界でも上位にランクされています。アンデルセンやレゴブロックが有名で、日本では酪農国というイメージがありますが、今では第一次産業に従事する人の割合は1%ほどで、日本より低くなっています。

 北欧らしく社会保障が充実していて、国民の所得格差は比較的小さく、近年は人口も増加しているそうです。国連による国際比較調査では、常にデンマークは「国民が幸せを感じている国」の上位に名前があがります。そしてこの国には、170年以上も前に誕生し、教育だけでなく、社会、政治、経済にとっても重要な存在であり続けてきた「フォルケホイスコーレ」という成人の教育施設があるのです。戦後、公民館の設置が奨められる際に、デンマークにおけるフォルケホイスコーレの成果が紹介されていたことは、あまり知られていないことです。

日本はデンマークに学べるか

 デンマークの学校制度では、日本の幼稚園の年長クラスにあたる1年間と、小中学校にあたる国民学校9年間の合計10年の義務教育があります。公立の学校では、授業料が全て無料である点は日本とは大きな違いです。また、希望者は国民学校での学びを1年間延長することができ、義務教育の最後の1〜2年間をエフタスコーレという寄宿制の学校で学ぶことも認められています。その後の学校の進路は分かれます。その一つは高校で、多くは大学を目指します。高校の進学率は5割に満たず、ほぼ100%が進学する日本とはずいぶん違います。また別の進路に、専門職としての技能を身につける学校があります。

 デンマークでは教育の自由と学校の個性が尊重されていて、政府は「カネは出すが口は出さない」のが原則です。そうした伝統から、親や地域が中心になって、私立の学校を設立し運営することが広く行われています。中でも特に特徴的なのが、全国に75校ほどある大人の学校「フォルケホイスコーレ」です。

 英語で言えば「フォーク・ハイ・スクール」、日本語では「国民高等学校」「国民大学」などと訳されます。日本では、大正から昭和初期にかけて設置された時期がありますが、現在の日本にはなく、その実態を理解するのはなかなか困難です。フォルケホイスコーレは、もとは農村青年のために作られた教育施設ですが、今は17歳6カ月以上の人ならば、誰でも無試験で入学できます。また、全寮制が伝統で、教師と学生が生活を共にします。長期と短期のコースがあり、長期コースの期間は約5カ月、学べる内容は歴史や文学、デザイン、演劇、スポーツなど、学校ごとに実に様々です。長期コースの学生は20歳代前半が多いのですが、短期コースには80歳代の学生もいます。

 私がデンマークを初めて訪ねたのは、2001年でした。実際に見て歩くと驚きの連続でしたが、特に関心を持ったのがフォルケホイスコーレと民主主義との関係です。興味のあることを学び、家と職場の往復だけでは出会えなかった人々と寝食を共にする喜びも、もちろん味わうことができます。しかしそれだけではなく、自分が国民として、また市民として、どう自由に、しかも責任を果たしながら生きるのかを考え、議論する場としてフォルケホイスコーレが機能していたのです。

 北欧諸国は教育や福祉が充実している一方、税の負担が重いことでも有名です。デンマークでは消費税が25%、所得税は50%以上になります。しかし国民は政治を我が事として考え、議論して、社会のそうしたあり方を自分たちで選び取っているという意識が高いようです。私たちは単純に見習うことはできなくても、自分が住む地域に関心を持って学ぶこと、また責任を持つこと、さらには主権者として社会と向き合うこととを結びつけて考えることはできるのではないかと思います。このことは、まさに公民館の理念につながることと考えています。

 私自身は20歳の時に、公民館が主催して開かれた成人式で、たまたま新成人の実行委員になったことが、今に続く学びのきっかけになりました。日本では学びというとすぐに学校教育が思い起こされますが、それは学びのごく一部です。私たちの周りには無数の学びの芽があり、それはたとえ小さなきっかけから始まったとしても、新しいことに挑戦する喜びや、工夫する楽しみが満ちています。特に大人は、「向いていなかったらやり直せばいい」「別のことをすればいい」というくらいの氣持ちで興味を覚えたことに取り組んでみることが、生き生きとした自分の発見や自己実現への第一歩になるのではないでしょうか。

(取材=2023年2月27日/東北学院大学 五橋キャンパスシュネーダー記念館11階 教育学実験実習室にて)

研究者プロフィール

東北学院大学 地域総合学部 教授
専門=社会教育・生涯学習
原 義彦 先生

《プロフィール》(はら・よしひこ)1966年、長野県生まれ。信州大学教育学部卒業。筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科 博士後期課程 修了。博士(学術)。宮崎大学講師、助教授、秋田大学准教授、教授を務め、その間ロスキレ大学(デンマーク)にて客員研究員。2022年より現職。日本生涯教育学会会長。秋田県大潟村応援大使。
著書に『生涯学習社会と公民館』、共編著書に『社会教育経営論』、『生涯学習支援論』、共著書に『デンマーク式生涯学習社会の仕組み』、『フォルケホイスコーレのすすめ:デンマークの「大人の学校」に学ぶ』など。

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