子どもの頃から「犬はなぜ他の犬を犬として認識できるのか?」と疑問に思っていた。人間は「これは犬、これは猫」と峻別しているが、犬に限らず動物は他の動物や個体を「これは犬、これは猫」と分けているのだろうか。ヒト以外の動物は世界をどのようにみているのだろうか。
ドイツの動物行動学者ユクスキュルは「環世界Umwelt(環境世界)」なる概念を提唱し、個々の生物はそれぞれの知覚の特徴に応じて世界をみていることと論じた。温血動物の血を吸うダニにとっては哺乳類が発する酪酸を感知することが最重要であるし、紫外線を知覚できるチョウには紫外線を反射する物体に反応することで子孫を残す可能性が高まる。
生物はこのような「錯覚」や注視をもって、周囲の環境を選択的に認識しているのである。著者はこれを「イリュージョン」と呼ぶ。ヒトも含めて、何らかの「色眼鏡」を経て世界をみているのである。そのため、世界は絶えず客観的には把握されていないことになる。各生物の知覚能力が、その生物にとっての環境を構成している。世界は「複数ある」のだ。
本書は、生物の目線から、わたしたちの世界がいかに多元的であるかを教えてくれる、名著である。
(寺)