石巻専修大学 理工学部 教授
ブラジル生まれの「日系2.5 世」
出身はブラジルですが、大学の卒業後に来日し、今では日本での生活の方が長くなりました。母は日系2 世で、日本から仕事で行った父と結婚したので、私は「日系2.5 世」ですね。ブラジルは200 年前にポルトガルから独立した多民族国家で、日本人は100 年以上前の明治時代に移住を始めました。人口は2 億人強で、そのうち200 万人が日系人です。
ブラジルはサッカーやコーヒーで知られています。しかし工業や学術の面でも発展し続けていて、航空機産業や歯科医学は世界最高の水準です。私は大学院を終えたらブラジルに戻って働くことも考えていたのですが、日本で研究職に就き、2006年には日本に帰化しました。両親も今は日本に住んでいます。
私はサンパウロ市で生まれました。首都のブラジリアや、観光地でもあるリオデジャネイロの方が有名かもしれませんが、サンパウロは人口が1200 万人で、ブラジルだけでなく南半球で最大の都市です。私が卒業したサンパウロ大学もブラジル最大の規模で、現在は10 万人の学生・大学院生が学んでおり、世界中からも留学生や研究者が集まります。
私には弟が一人いますが、両親は私たちに、将来は日本で学んだり働いたりしてほしいと思っていました。そして「どちらか一人は理系に進んでサンパウロ大学を卒業し、日本の東京工業大学の大学院に入ってほしい」と願っていたのです。プレッシャーはありましたが、結果的には私がそのコースを歩みました。弟は経営学を修め、今はやはり日本で働いています。
大学を含め、学校の授業はポルトガル語です。一方、将来を見据えて家庭では主に日本語で話し、子どもの時から日本語学校にも通っていました。そして、親から言われていたからというだけでなく、私は理科や数学が大好きな子どもでした。買ってもらったキットで実験を楽しみ、数学は上の学年の教科書を自習していました。パソコンという趣味にも出会います。当時人氣だったテニスのテレビゲームを見て、自分でプログラムを組んで再現したりしていました。
大学は工学部の電氣電子工学科に入り、卒業研究に取り組む一方で、日本の国費留学生になって東京工大大学院で学ぶための努力もしました。合格が決まった時はうれしかったですね。修士課程で学ぶうちに、研究自体が面白くなってきて、博士課程に進み、積層光回路に基づく波長多重モジュール構成に関する研究で博士号を取得しました。
髪の毛の太さよりも小さく作る
なかなか今回のテーマであるロボットの話になりませんね(笑)。日本と同じで、ブラジルでもロボットといえば人間型のイメージが一般的ですが、私は研究対象にするつもりはありませんでした。しかしセンサやコンピュータを組み合わせて機能するものをロボットと呼ぶならば、私たちの生活の一部になっているスマートフォンも車もカーナビも、実はロボットなのです。ですから私は、人間型のイメージが強い「ロボット」ではなく、「ロボットシステム」と言うようにしています。
ロボットシステムの核になるのは、状況を感知して電氣信号に変換するセンサと、その情報を処理・判断して指示を出すコンピュータのプログラムと、作動するアクチュエータです。アクチュエータというのは動く仕組みのことで、電氣モータのように、電氣エネルギーを運動エネルギーに変換する駆動装置です。センサやアクチュエータは、ある機能を果たす基本的なパーツとなり、素子(そし)やデバイスと呼びます。これらを制御する集積回路の一種であるマイクロコントローラを組み合わせ、ロボットシステムを構築していきますが、デバイスとシステム、両方とも私の研究対象です。
一般用途のデバイスは、小さく、安価であることが求められます。たとえばスマートフォンの中には、動きを感知する加速度センサ、傾きを感知するジャイロセンサ、音声や周囲の雑音などを感知する複数の超小型マイクロフォンなど、非常に小さなパーツが必ず入っています。スマホは画面を縦にしても横にしても、写真の上下が正しく表示されますね。これは加速度センサが地球の引力を感知し、重力加速度の向きから判断して、プログラムが表示方法を指示しているからです。
こうしたデバイスの大きさは、「髪の毛の太さよりも小さく作る」と言うと分かりやすいでしょう。大きさの単位であるメートルには、1000 分の1 ごとにミリ、マイクロ、ナノが付きます。髪の毛の太さはおよそ0.05 ~ 0.1 ミリメートルですので、50 ~ 100 マイクロメートルですね。デバイスの開発や製造では、このマイクロメートルや、さらに小さいナノメートルという単位がよく使われます。そんな小さな物をどうやって作るのか、どうやって動くのかを説明しようとすると、とても長くなってしまいます。興味を持たれた方は「マイクロマシン」や「MEMS(メムス)」といった言葉を、ぜひインターネットなどで調べてみてください。
学生のロボット研究会が好成績
大学院を修了した私は、光学メーカーに勤務しました。そこで医療に使われる内視鏡の開発チームに配属され、「小さな小さな機械」に魅了されます。ますます研究が好きになったのですが、自分が関心のあるテーマについて、もっと自由で学術的な研究をしたいという氣持ちも強くなりました。その後、東北大学の「マイクロシステム融合研究開発センター」の研究員になって、念願だった学術研究者の道を歩み始めたのです。
センターには日本でも有数の施設・設備があり、私は研究に没頭しました。そして研究を進めるうちに、自分が今まで取り組んできた様々な技術や得た実務的知識などが、いずれもロボットシステムに欠かせない要素であることに氣づいたのです。つまり、小さなデバイス(マイクロデバイス)を基に、センサ、コンピュータ、アクチュエータを組み合わせると、ロボットシステムになることです。現在は、石巻専修大学で常に新しいアイデアを生みだしながらロボットシステムとそれを構成するマイクロデバイスの研究を遂行しています。
私は教育も大好きです。漠然とした関心から研究室に入って来る学生もいますが、そうした学生も対話を重ねるうちに、自分のやりたい研究を見つけることが少なくありません。たとえば今年の卒業研究には、新型コロナウイルスに関する、手指消毒や体温測定をテーマにしたものがあります。その学生は映画館でアルバイトをしていて、小さな子どもなどが、消毒液や体温測定装置の位置が高過ぎて困っているのを見ていました。そこで消毒液の高さを自動的に変えたり、顔が正面でなくても体温を測れたりする仕組み作りに取り組むことにしたのです。
また私は、ロボット研究会という本学の公認サークルも指導しています。学生によるマイクロシステムの競技会「iCAN(アイキャン)」では、昨年、一昨年と好成績を収め、世界大会に進出しました。一昨年は、車の運転者に路面の凍結を知らせる「路面状況検出システム」が日本一になり、世界大会では2 位になりました。
2017 年からは、大学の国際交流センターのセンター長も務めています。自分がブラジルから日本に留学した経験を活かしたいと思ってお引き受けしました。学生と共に、技能実習生として働く外国の方々に、大学での学びやロボットシステムについて紹介する活動などをしています。
ロボットシステムに関連して現在行っているのは、5 ボルト以下の電圧で5 マイクロメートル以上動く、新たな発想のアクチュエータの開発です。パーツどうしをあえて連鎖的に接触させることで、比較的に大変位を得られると考えています。実現できれば、学術的貢献と幅広い分野で応用が期待できます。
こうした研究や技術開発について、市民の皆さんに知っていただく機会は多くはありません。しかし時には、研究者や技術者らの努力の積み重ねに思いを及ぼしてみてはいただけないでしょうか。また、ロボットシステムの、それを支えている小さな小さな仕組みにも目を向けていただければと思います。多くの技術や仕組みが、今の便利で豊かな生活を支えている事に改めてお氣づきになるかもしれません。
研究者プロフィール
専門=ロボット工学・ナノマイクロシステム
《プロフィール》(みずの・じゅん)1971年ブラジル連邦共和国生まれ。サンパウロ大学工学部卒業。1994 年に日本の国費留学生として来日し、東京工業大学大学院 総合理工学研究科へ。修士課程、博士課程修了。博士(工学)。企業勤務、東北大学研究員を経て、2012 年、石巻専修大学に准教授として着任。2016 年より現職。国際交流センター長を兼務。