研究者インタビュー

2050年の新しい介護・福祉のために

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東北大学大学院 工学研究科 教授
平田 泰久 先生

ロボットは「感じて・考えて・動く」

 ロボットの研究と聞くと、人間の形をして歩いたり話したりするものを思い浮かべるかもしれません。しかし円盤型のお掃除ロボットや、腕型で自動車の溶接や塗装を行うロボットもあり、「これがロボット!」と一言で説明するのは難しいです。

 広い意味では「感じて・考えて・動く」ことで、何らかの作業を行うものがロボットです。その技術はスマートフォン、エレベータなど、私たちの身近に数多く使われています。私の専門であるロボット工学は、感じるためのセンサ、考えるためのコンピュータ、動くためのモータなどを組み合わせて、機能させるための学問です。興味のある方は、大学の同じ研究室で学んだ妻が書き、私が監修をした『絵でわかるロボットのしくみ』をぜひお読みください。ネコのイラストを使ってロボットの基本を説明した本で、数学や物理の知識は全く不要です。

 私はもともと、研究者になるつもりはありませんでした。高校では数学と理科が得意、国語と英語が苦手だったから理系に進み、工作やコンピュータに興味があったため工学部を選んだに過ぎません。英語は今でも苦手で、海外で発表したり外国の研究者とやり取りしたりするたびに「もっとちゃんと勉強しておけば」と反省しています(笑)。工学の扱う範囲はたいへん広く、材料の分子構造やプログラミングも含まれますが、私は「目に見える形で人の役に立つ研究がしたい」と思っていました。あとは、面白そうだからという軽い氣持ちでロボットの研究室を選んだのです。卒業後は就職するつもりでしたが、先生から試験なしで大学院に入れるぞと言われ、それならと進学し、ちょうど修了のタイミングで助手を一人採用する予定だがどうかと言われ、それならと研究者になってしまいました(笑)。

 大学や大学院では、いくつかのロボットが協調して重い物を運ぶ研究に取り組みました。それを応用し、水上で隊列を組んで移動する研究も行いました。先頭のロボットが後続のロボットを引っ張るようにすれば、動力が必要なのは先頭の1 台だけなので、他のロボットの機能はシンプルにできます。重い物の運搬でも水上移動でも、メインとなるロボットに従ってついて行く側のロボットをうまくコントロールして、思うように動かしたり、ぶつかったりしないようにする工夫が楽しかったです。

人の意図と動きを察知するロボット

 従う方のロボットをできるだけシンプルな構造で、できるだけ動力を使わず必要な時に最小限で済むようにと考えているうちに、リードするのが人間でも、その意図と動きを察知して向きを変えたり、動きをフォローしたりするロボットが作れるのではと思うようになりました。これが実現すれば、介護・福祉分野で「目に見える形で人の役に立つ」ことができそうです。

 人の動作を支援するロボットは、安全が何よりも大切です。また人が生活する環境でロボットを動かすのは、どこに何があるか予め分かっている工場や倉庫の中で動かすのとは違う難しさがあります。加えて、大規模に稼働させて利益を上げる産業用に比べ、介護・福祉用では高齢者や体の不自由な方それぞれのニーズに応える必要がある上、商品としての価格も大きな課題になります。そこで、シンプルでできるだけ動力を使わないというのは大きな利点になります。

 私はこれまで歩行器や、足でこぐ車椅子の改良に携わってきました。歩行に不安がある人が手で押す歩行器は、散歩・買い物用のカートから、体重を支えて姿勢を保てるリハビリ用まで様々です。シンプルなものは軽く、動力はありません。しかし重力の影響で下り坂では勝手に進んでしまったり、上り坂で重く感じたりするという問題があります。そこで安全性と利便性を向上させるため、傾きや速さを感知して下りでも上りでも平地と同じように動く工夫をし、これは商品化されました。このような人の動作を支援するロボットは、安全性の面でも電力の消費を抑える意味でも、受動的であることが望ましいと私は考えています。人が動かさないと自分では動き出さず、状況によって減速したり止まったりするロボットなら受け入れられやすく、実用化や商品化も進むはずです。

 足こぎ車椅子は、東北大学の医学系研究科の研究から生まれました。人が押したり手で車輪を回したりするのではなく、自転車のようなペダルを足でこいで進みます。足が不自由な方の中には、立って歩くことは難しくてもペダルならこげる、という方がいるのです。私はこれにもアシスト機能を加えるなどの研究をしてきましたが、電動車椅子など完全に移動をアシストする機器とは別の大きなメリットに氣づきました。それは「自分の脚で移動できる」という思いから生じる「自分はできる」「もっとやりたい」という、「自己効力感」の大切さです。

30 年後のロボット活用社会

 私たちは「楽をしたい」と思う一方で、「できることは自分でやりたい」「他人に世話をかけたくない」とも思っています。何でも代わりにやってくれる、人間型のロボットも良いかもしれません。しかし必要な時に必要な分だけ補助してくれるロボットや、人の意欲を高めたり積極的になったりすることを支援するロボットが、身近にあったらどうでしょう。特に高齢者や、体の不自由な方にとっての意義は大きいはずです。

 ロボット技術とAI(人工知能)を組み合わせて、人の「やりたい」という氣持ちを支えるロボットを誰でも利用できる社会を作るのが、私の今の夢です。その一歩として介護福祉分野に取り組んでいます。たとえば、不安はあるけれど自分で歩いてみようと頑張っている人の後ろを、そっと付いて行くロボットに挑戦しています。普通に歩いている間は何もしませんが、よろめいた時には素早く近寄って支え、転ぶにしてもエアバッグなどを用いて衝撃をやわらげてくれるロボットです。

 しかし実はロボット技術を活用した福祉機器は、先ほどの歩行器や車椅子など、既に色々あるのです。お掃除ロボットや、モータで高さを変えられるテーブルなど、人の都合に合わせて動く生活用品も数多く市販されており、スマートフォンや腕時計型のスマートウォッチ、人の声に応えて家電を操作できるスマートスピーカーなど、AI を活用した製品は私たちの生活の一部になりつつあります。これらを個人のニーズに合うように連携して機能させられれば、かなりのことができるはずです。そして将来は、介助なしで生活できる健康寿命を延ばしたり、介護の負担を大きく減らしたりすることもできるでしょう。

 日本政府は2018 年、社会課題の解決に大きなインパクトが期待される研究に予算をつける「ムーンショット型研究開発制度」を発表しました。1961 年に米国政府が発表し、困難と思われた月面着陸プロジェクトを、期限内の1969 年に実現したことにならった命名です。9 つの目標の中には「2050 年までに、AI とロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」というものがあります。人が行けない宇宙などで働くロボットだけでなく、高齢化が進む日本社会で活躍するロボットも期待されているとのことでした。これは中学生の時から腰痛持ちで、2050 年にちょうど後期高齢者になる私にとっても、実に切実なテーマです(笑)。

 私は全国の十数名の研究者とチームを組んでこれに応募して採択され、2020 年からプロジェクトマネージャーとして研究を進めています。「自己効力感」を大切にし、いくつものロボットをつないで目標の達成を目指すことから、プロジェクト名は「活力ある社会を創る適応自在AI ロボット群」としました。このプロジェクトはユーザーとなる方々や、介護や看護の仕事に携わっている方々と力を合わせなければ、前に進めることはできません。また個人情報をめぐる倫理的な問題や、法律面の課題などもクリアする必要があります。

 ムーンショットの目標は2050 年ですが、今は2030 年までに、部分的にでも実際の介護現場で機能させることを目指して研究を進めています。今年2 月には研究室に隣接したスペースに、ベッドやトイレを設置して介護施設・在宅介護の環境を再現した「青葉山リビングラボ」を開設しました。市民の皆さんにも私たちのプロジェクトに関心を持っていただき、応援してくださることを願ってやみません。

(取材=2022年8月18日/東北大学青葉山キャンパス 機械・知能系共同棟5 階 知能機械デザイン学研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 工学研究科 教授
専門=ロボット工学
平田 泰久 先生

《プロフィール》(ひらた・やすひさ)1975年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業。同大学院工学研究科 修士課程修了。博士(工学)。東北大学大学院工学研究科にて助手、助教授・准教授を経て、2016 年より現職。

監修書に『絵でわかるロボットのしくみ』(瀬戸文美著)、共著書に『新版ロボット工学ハンドブック』など。

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