名著への旅

第56回『象の皮膚』

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 著者の佐藤厚志さんは、デビュー前から密かに注目の書き手だった。仙台と山形で定期的に開催されている文学講座で、何作品か佐藤さんの作品を読む機会があった。その繊細な人物描写から作者の名前を見なくても佐藤さんの作品だと氣づいたことがある。佐藤さんは、地元仙台の書店で働きながら、2017 年に新潮新人賞を「蛇沼」で、2020年には仙台短編文学賞大賞を「境界の円居(まどい)」で受賞。本作は、佐藤さんの初の単行本であり、2021 年に三島由紀夫賞候補となった話題作である。

 本作の主人公は、書店員として仙台市内で働いている二十代の女性、五十嵐凜(いがらしりん)。凛さんは幼いころからアトピー性皮膚炎と、家族を含む周囲の無理解に悩まされてきた。これまで、“痒い” ということの切実さをこんなにリアルに描いた物語を読んだ記憶がない。凛さんを取り巻く人々の理不尽さに、主人公の代わりに怒りがこみ上げ、苦しくなる。それでも、先を読み進める氣持ちが止まらなかった。読みながら、著者に「凛さんに救いを!」と直談判したい氣持ちになったが、そんな読者の氣持ちなど氣にも留めず、凛さんは淡々と苦難のなかを突き進む。めそめそしない。その強靭さに、同じ立場だったら……と考えると、自分の弱さが歯がゆくなる。

 そのほか、本作の重要な読みどころは、著者の経験が色濃く投影されているであろう書店員としての働き方、非正規雇用の厳しい現実、そして、書店という空間で起きた震災時とその直後の状況が、日常の一部として、鮮明に描かれているところだろう。個性あふれる(?!) 常連客との攻防も必読。

(庄)
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