研究者インタビュー

お坊さんが唱えるお経も「音楽」です

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宮城学院女子大学 一般教育部教授・音楽リエゾンセンター長
大内 典 先生

音楽科の財産を地域に開く

 本学が2016年に開設した「音楽リエゾンセンター」のセンター長を務めています。設立のきっかけのひとつは、東日本大震災後に行った音楽による支援活動です。

 キリスト教系の本学は伝統的にボランティアに力を入れており、震災後は多くの学生・教職員が現地に入っています。しかし音楽に携わる立場からは、「この状況で音楽に何ができるのか」というためらいがありました。ところが学生たちや卒業生は、演奏活動を通して被災地の傷、また自らの傷をも癒していきました。音楽の力を再認識させていただいたのです。

 本学は東北で唯一、専門教育を行う音楽科のある大学です。教育・研究の中心はいわゆる西洋音楽であり、もしかしたら「高嶺の花」というイメージを持たれているかもしれません。

 震災後の経験も経て、本学を、音楽教育の蓄積を、もっと地域に開こうと動き始めました。センターの主な活動の一つは、依頼に応じて演奏家を紹介する「認定演奏員」制度です。本学の卒業生を対象にオーディションを行い、合格者を地域の文化活動に、演奏者として、また指導者として派遣しています。当初は正直なところ、どのくらい手応えがあるのか心許なかったのですが、次々お声がかかりました。開設5年を経て着実に地域に定着しているのを感じます。

 また演奏家から音楽ファンまで、多様な市民をつなぐ「楽友ネットワーク」という活動も人氣です。発表会、交流会、今だと動画配信など、さまざまな方法で音楽愛好家の輪をつくり、そこから新たなコラボレーション活動なども生まれています。

 私は震災で大きな被害を受けた、宮城県石巻市の出身です。母は本学の卒業生で、ピアノ教師でした。私も幼い頃から母に習い、母と同じく本学でピアノを専攻しました。そして大学に学ぶ中で、演奏とはまた別の、研究で音楽にアプローチする魅力を知ります。卒業後は音楽教員の仕事に就きましたが、どうしても音楽学を勉強したくなり、国立(くにたち)音楽大学の大学院に進みました。

 修士論文で取り上げたのは、宮城県の法印神楽(ほういんかぐら)です。伝統芸能である神楽は、音楽である囃子(はやし)と舞から成ります。そして東北地方は、古い形をとどめた神楽が伝承されている宝庫なのです。「法印」とは山伏・修験者(しゅげんじゃ)のことで、論文の執筆を機に修験道に関心を深めた私は、ついに山形県の羽黒山で山伏になってしまいました。

10年以上続けて山伏修行に参加

 山岳信仰は世界に広くありますが、日本の場合、仏教の密教、道教、神道(しんとう)などの影響を受けて、独特の民俗宗教として発展してきました。明治維新時の神仏分離や戦後の社会変動を経て、羽黒山では仏教・天台系の荒澤寺(こうたくじ)と神道の出羽三山神社が、現代に修験の文化を伝えています。

 出羽三山神社では7日間の山伏修行が男性のみで行われます。1993年からは、女性対象の「神子修行」を始めました。一方の荒澤寺は、戦後の早い時期に「女人禁制」を解禁し、女性の修行者も受け入れました。私が最初に荒澤寺の山伏修行に挑んだのは1988年です。

 古くから伝わる儀礼や読経(どきょう)を行いながら、9日間、断食や睡眠不足に耐えて山に籠ります。「死と再生」を体験する修行は肉体的にも精神的にも過酷ですが、やがて自分が自然と一体化し、浄められる感覚に到達します。その経験に「音」や「声」が深く関わることに興味をもった私は、この修行に、10年以上連続して参加しました。

 ある文化について資料を収集したり内側から深く理解したりするために、自ら研究対象の社会や集団に加わって調査することを「参与調査」と言います。羽黒修験との関わりは、もともとこの参与調査として始まったものでしたが、やがて単なる研究対象にとどまらず、私自身の人生を広げる糧ともなりました。

 修行の内容は、伝統的に秘密が守られてきました。しかし継承の危機にあるとお考えになった荒澤寺の管長は記録映画の撮影に踏み切り、2005年に「修驗 羽黒山秋の峰」(ヴィジュアルフォークロア社)として公開されました。そのシナリオを含む書籍『千年の修験―羽黒山伏の世界』には、私の論文も収められています。

 私の研究者としての中心的な関心は、宗教における音や声にあります。神楽に始まった研究の対象は修験の儀礼へ、そして中世の仏教における声へと展開しました。録音や譜面はなくとも、僧侶の声明(しょうみょう)や、信者の唱える念仏などが現代に伝わっています。これらはまさに声楽であり、鉦(かね)や法螺貝は器楽です。こうした仏教音楽は、賛美歌やパイプオルガンによるキリスト教音楽と同じく偉大な文化なのですが、残念ながら日本では一般にそう捉えられていません。

 私はずっと、研究の成果をまとめたいと願っていました。しかし日本では宗教学・仏教学と音楽学にまたがる研究で博士号を取得できる機関はありませんでした。一方、欧米など海外の大学では宗教音楽の研究が盛んで、キリスト教に限らず世界中の宗教の音と声に、深い関心が寄せられています。

 羽黒山の修行には、そうした外国人も参加します。その一人と親しくなった私は2001年、英国のロンドン大学SOAS(アジア・アフリカ研究院)で研究発表をする機会を得ました。そして素晴らしい研究環境に触れたことで、「ここで研究をまとめたい」と思ってしまったのです。
 
 
 

研究の成果をお坊さんにも

 本学の研修休暇制度を使って1年間勉強できることになり、2004年の春、私はロンドンで暮らし始めました。

 指導教官は30歳代のイタリア人女性です。日本では緻密な研究が重んじられますが、欧米では理論的枠組みの構築と分析が評価されます。しかし双方の手法を駆使することが、宗教と音楽の境界を研究する私には有効であることに氣づきました。

 翌年3月の進級審査をなんとか突破し、帰国後は勤務しながら指導を受けました。週末にロンドンへとんぼ返りすることもありました。米国やヨーロッパ各地でも研究発表を行うなど本当に大変でしたが、山伏修行で得た「自分が生まれ変わる感覚」を、研究者としても味わうことができたのは幸いでした。

 期限ぎりぎりの6年をかけて論文を提出し、口頭試問もなんとかクリア。あとは論文の最終的な修正を残すだけになりました。そこに、2011年の3月11日、東日本大震災が発生します。石巻などの沿岸部は特に大きな被害を受け、私の教え子も、知人、友人も亡くなりました。学生の安否確認に追われ、実家との往復を繰り返す中、自分の研究には一体どんな価値があるのかと自問せずにはいられませんでした。

 そうした中、車のラジオで聞いたある若い女性の話は、私に強い印象を残しました。幼い子を失って泣き暮らしていたが、葬儀でお坊さんの読経を聞くうちに心が落ち着き、わが子の死を受け入れることができたというのです。私は、仏教が工夫してきたさまざまな「声」の技法をテーマにした自分の研究が、過去や伝統だけでなく、今を生きる人間の現実を扱っていることを教えていただきました。

 博士号を取得した私が次に自分に課したのは、英語で書いた論文を日本語に訳すことです。研究と教育そして校務と多忙でしたが、2016年に『仏教の声の技―悟りの身体性』として刊行することができました。これまで日本の宗教研究では、言葉や視覚資料に比べて、聴覚資料や体全体へのアプローチが不足していました。しかし、「耳」を通して、また声を発することで得る体験は、自分という存在を肯定し、他者とつながる力をもっており、それは宗教の本質に関わるものだと考えます。

 この本の出版後、お坊さま達を対象に講演する機会をずいぶんいただきました。先の見えない現代社会の中で、お坊さま達も自らの存在根拠を切実に求めていらっしゃるのだと思います。「宗教」が敬遠されがちな日本ですが、身体や感覚を通して心の安寧を得る技は、私たちの文化が築いた大切な財産です。広く市民のみなさまに共有していただきたいと思います。私もさらに研究を深め、寄与していきたいと願っています。
 
 
 

(取材=2021年8月4日/宮城学院女子大学 音楽館1階 音楽リエゾンセンターにて)

研究者プロフィール

宮城学院女子大学 一般教育部教授・音楽リエゾンセンター長
専門=音楽文化学/日本の宗教文化における音・音楽
大内 典 先生

《プロフィール》(おおうち・ふみ)1960年宮城県生まれ。宮城学院女子大学 学芸学部卒業。国立音楽大学大学院 音楽研究科修士課程修了。芸術学修士。2011年、ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院にてPh.D(博士号)取得。1998年、宮城学院女子大学に着任し、助教授(准教授)。2008年より教授。著書に『仏教の声の技―悟りの身体性』、共著書に『越境する宗教史』、『民俗学読本 : フィールドへのいざない』、『千年の修験―羽黒山伏の世界』など。

    

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