研究者インタビュー

感染症研究と医療の現場を結ぶ

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東北文化学園大学 抗感染症薬開発研究部門 特任教授
専門=感染症学・化学療法学・抗酸菌病学
渡辺 彰 先生

医療現場に医学研究の最新成果を届ける

 私は、東北大学で感染症の研究と医療現場の両方に長く携わってきました。3年前からは東北文化学園大学で、製薬会社などと協力して抗生物質、抗ウイルス薬、ワクチンなどの研究を続けつつ、宮城県結核予防会の理事長を務めています。

 菌の中でも、私が扱うのは主に病原菌です。新型コロナウイルスももちろん対象で、県民へのワクチン接種には、結核予防会として全力で取り組んでいます。新型コロナウイルス感染症は肺炎などを発症し、亡くなる方も多い恐ろしい病氣です。そして命に関わる呼吸器系の感染症には、他にも結核やインフルエンザなどがあります。

 病原菌の正体を突き止め、治療法やワクチンなどの予防法を開発する医学と、患者さんと向き合う医療がそろって機能しなければ、感染症を抑え込むことはできません。また新しい治療法や予防法が生まれても、現場で実際に用いられるまでには多くの段階があります。薬の副作用やワクチンの副反応を慎重に調べ、多くの実験や臨床試験を重ねる必要があるのです。研究成果の実用化に関わるこうした活動を、トランスレーショナル・リサーチと呼びます。私は医学と医療を結ぶこの役割を、積極的に果たそうと努めてきました。

 医療に従事する方々に、最新の研究結果や情報を分かりやすく届けることも重要です。たとえば予防接種と言えば、かつては子どもが受けるものというイメージがありましたが、今では日本の65歳以上の方の過半数が、インフルエンザの予防ワクチンを接種しています。こうした状況の変化に対応できるよう、7年前に書いた本では成人の予防接種について幅広く解説し、多くの医療現場で活用していただいています。

 またネットでは、「感染対策オンライン」というサイトにコラムを連載しています。たとえば昨年の8月には、冬になると新型コロナとインフルエンザが同時に流行するのではという懸念に対する疑問を述べました。ウイルス同士も競い合うため、かつて2種類以上の呼吸器ウイルスの感染が同時に広がった例はほぼありません。また執筆時、南半球のオーストラリアは冬でしたが、新型コロナが再流行していた一方、例年と違ってインフルエンザの患者はほとんど出ませんでした。従って日本も、インフルエンザはワクチン接種が進んでいたり過去にかかったりして免疫を持つ人が多いこともあって、冬には新型コロナが優勢に流行するだろうと予想したのです。

 結果はその通りになりました。しかしマスコミやネットには、「密を避けたりマスクをしたり手を洗ったりしたら、新型コロナは防げなかったがインフルエンザは防げた」という誤った情報が流れています。医学・医療の側も発信に努めますが、市民のみなさんも「テレビで見たから」ではなく、ぜひ情報の信頼性を確かめてください。

日本の医療はインフルエンザ先進国で結核後進国

「感染対策オンライン」サイト https://www.kansentaisaku.jp/

 新型コロナへの対策は今まさに進行中であり、評価はまだこれからです。一方、感染症に関する日本の医療体制は、インフルエンザについては世界のトップクラスと言える反面、結核については大きく後れをとっています。

 たとえば2009年から翌年にかけて世界的に流行した新型インフルエンザでは、米国で1万人を超える死者が出たのに対し、日本で亡くなった方はおよそ200人でした。迅速検査が普及していて、世界で最も多い種類の抗インフルエンザ薬が実用化されている日本では、早期の診断と治療が可能だったからです。

 私は当時、日本感染症学会の「新型インフルエンザ対策ワーキンググループ」の座長でした。国内で最初の発症者が出た5月には、早期から積極的な治療を行うよう科学的根拠に基づいて提言を出したのですが、WHO(世界保健機関)や米国の権威ある機関が抗インフルエンザ薬の投与に消極的な見解を出したため、国内各所から批判を浴びました。ところが2010年になると、WHOや米国の方が方針を転換したのです。

 結核はかつて日本人の「国民病」と恐れられ、年間10万人以上が亡くなっていましたが、治療法が確立されるなどして新規患者は激減しました。人口当たりの発生数を見ると東北は特に少なく、宮城県は昨年、日本一の優等生でした。しかし現在も国内では毎年1万人以上がかかっていて、欧米の先進国に比べると2~5倍も多いのです。かつて若い人に広がることの多かった結核は、今では高齢者がかかる病氣になりました。基礎疾患や合併症への対応が重要ですが、日本では今でも旧療養所の後身の病院での治療が主流です。結核医療の先進国にならって、地域の基幹病院内の設備での対応へ転換しなければなりません。

 結核や新型コロナウイルス感染症の例でも分かる通り、医学や医療の進歩だけでは全てを解決することはできません。感染症の予防や治療には、政治や経済を含めた社会全体で取り組まなければならないのです。日本の医療機関や医療者の数は減らされる傾向にありますが、医療は危機管理の観点からも考える必要があります。新型コロナが収束した後、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」とならないように願っています。

東日本大震災後の関連死急増を防いだ予防接種

 私は父が開業医で、親戚も半分以上が医師という家系です。高校時代は評論活動に興味を持ち、文筆業へという氣持ちもありましたが、地に足をつけて生きようと医学を選択しました。高校の同学年に、のちに高名な評論家になる加藤典洋がいて、読書量でかなわなかったことも少しだけ影響しています(笑)。

 大学に入った時は研究者になるつもりは全くなかったのですが、感染症と化学療法に関するレポートが指導教官の目にとまり、論文に発展させて学生時代に専門誌に掲載されたことが転換点になりました。そして、研修医時代に感染症研究の重要性を知って研究者を目指すことにしたのです。

 結核菌を含む、酸に染まりにくい細菌を抗酸菌と言いますが、東北大学には1941年に設立された抗酸菌病研究所がありました。今は改組されて、加齢医学研究所になっています。福島県の病院で2年間働いた後、医師として仙台厚生病院に勤務しながら私はこの研究所に入りました。10年ほどして研究に専念できるようになり、日本結核病学会や日本化学療法学会の理事長などの大任も担わせていただきました。

 医学と医療を結ぶ仕事として、仲間たちと共に大きな成果を上げたのが、高齢者への肺炎球菌ワクチンの定期接種の制度化です。2011年の3月11日、まさに私たちは厚生労働省にこの制度の実現を求めて陳情に行く予定でした。東日本大震災が発生して被災者の治療などに追われましたが、仲間の医師の一人が塩竈の病院で患者の痰(たん)を調べ続け、肺炎球菌による肺炎の流行に氣づいたのです。

 日本赤十字の協力のもと、宮城県の沿岸部でワクチンの無料接種が始まり、避難所や仮設住宅での本格的な流行を未然に防ぐことができました。1995年の阪神・淡路大震災の後、インフルエンザの流行で多数の震災関連死が出てしまった教訓を、生かすことができたのです。この実績に基づいて、2014年からは65歳以上の方が低負担で肺炎球菌ワクチンを接種できるようになり、予防に大きな効果を発揮しています。

 日本ではワクチンに不安や抵抗を覚える人が少なくありません。しかし効果は実証済みですし、感染の拡大予防には個人だけでなく社会全体で取り組む必要があります。肺炎球菌ワクチンは5年に一度打てば良く、水痘帯状疱疹(ほうしん)ワクチンは2度打てばOKです。子どもの時の「水ぼうそう」のウイルスが体内に残り、大人になって再び発症すると大ごとになりかねません。また先ほどお話しした通り、インフルエンザも個人の心がけだけでは感染の拡大は防げませんから、毎年のワクチン接種をお願いします。そしておそらく新型コロナについても、年1回のワクチン接種が必要になるでしょう。

 本学の大学院では、一定範囲の医療行為を行うことができる高度な看護師、ナース・プラクティショナーを養成しています。米国では制度や資格が確立されていますが、わが国ではまだこれからです。高齢化や地域の過疎化などが進む日本には必要であり、私も養成に力を尽くしていきたいと思っています。

(取材=2021年5月17日/東北文化学園大学 1号館2階 渡辺彰研究室にて)

研究者プロフィール

東北文化学園大学 抗感染症薬開発研究部門 特任教授
専門=感染症学・化学療法学・抗酸菌病学
渡辺 彰 先生

《プロフィール》(わたなべ・あきら)1948年山形県生まれ。東北大学医学部卒業。医学博士。病院勤務の後、1986年より東北大学抗酸菌病研究所(現・加齢医学研究所)に入局し、内科医員、助手、講師、助教授を経て、2007年より抗感染症薬開発寄附研究部門 教授。2018年より現職。あわせて公益財団法人 宮城県結核予防会理事長に就任。編著書に『抗菌薬パーフェクトガイド: 基礎から臨床まで』、『そこが知りたい!成人の予防接種パーフェクトガイド』など。

 

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