研究者インタビュー

動物を調べると人間も分かる

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ヒトもすごいがラクダもすごい

 高校時代には人文科学に関心がありましたが、結局東北大学農学部の畜産学科に進みました。もともと日本とヨーロッパの文化の違いに興味があったので、ヨーロッパの食の重要な柱である畜産を学んでみようと考えたのです。ただし、高校・大学とボート部で、そちらは熱心でしたから、高校の授業は夢の中、学部時代はたまに大学に行く程度でした(笑)。

 家畜というとウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどが思い浮かびますが、ユーラシアからアラビア半島、アフリカにかけての乾燥地ではラクダも重要です。こうした旧世界のラクダは全て家畜で、ヒトコブラクダがアフリカ・中近東・インドなど、フタコブラクダがモンゴルからアジア中央部にかけて、おもに乳用として飼育されています。水やエサを節約するしくみが発達していて、かなり塩分の高い水も利用できるので、砂漠のような乾燥したところでもラクダは生きていけます。1950年代まではモンゴルから新疆、中央アジアの交易やサハラ砂漠の交易で大いに活躍しました。サハラ交易をする人は雌ラクダの乳と干したナツメヤシだけをたべて、オアシスの間を移動しました。100年ほど前までは中国の北京付近にも1万頭以上いて、近郊の炭坑から石炭を運んだり、内蒙古の帰綏(現在のフフホト)や張家口との間で荷物を運んだりしていました。

 ラクダ乳は牛乳よりも好まれていて、ソマリアやケニアでは主要なたんぱく源になっています。また、毛も利用されていて、ブランド商品のブレザーの材料にもなっています。

 ヒトは暑さにはダントツに強いけれども、乾きにはからきし弱いほ乳類です。しかし、ラクダは断水につよく、塩分が多い砂漠の水でも飲めます。また、長い前肢を幹にかけ、長い首を伸ばすと、他の動物では届かない高い木の葉も食べられます。ヒトはラクダを家畜として使うことによって、乾燥地帯に進出できるようになったのです。

 エサや水が乏しくても、背中のコブの脂肪を使ったり、体温調節の手を抜いたりするなどのしくみでしのぎながら、150 kgから200 kgもの荷物を背中に載せて1,500 km以上運ぶことができる。歩く速度はウマやロバよりも速い。栄養価の高い乳を出し、肉も食べられ、毛も活用できます。

 ほ乳類同士はそれほど違ったしくみを持っているわけではありませんが、機能の程度には差があります。私たちはヒトを基準にして動物を見がちですが、他の動物を調べることで、ヒトがどのような動物なのか、どのような特徴を持ったほ乳類なのかを理解できるのです。

ラクダとの暮らしから地球の未来を考える

 ヒトが食べたものは食道と胃を通って、小腸で消化や吸収がすすみ、大腸へ入って腸内細菌による消化が行われます。一方、ラクダをはじめ、ウシやヒツジなどの反芻類、ハムスターをはじめとするかなりの齧歯類、カンガルーなどでは胃が複数の部屋に分かれていて、最後の部屋以外には細菌や真菌などの微生物がたくさん住んでいます。ウシの胃は4室に分かれていて、第一胃と第二胃は100リットルもの食物を平均で1週間たくわえて、その間に微生物が草の主成分であるセルロースを分解します。微生物たちは草に含まれるセルロースをブドウ糖に変え、自分が増殖するために使う一方で、酢酸(さくさん)などの短鎖(たんさ)脂肪酸を排泄します。この短鎖脂肪酸をウシは第一胃と第二胃から吸収して、最大のエネルギー源として使います。ちなみにラクダやカンガルーの三つあるうち最初の二つの胃、二部屋の胃をもつハムスターの最初の胃でも似たようなことがおこっています。

 一方で、こうして増殖した細菌や真菌の体はほとんどが良質のたんぱく質で、やがて小腸に流れていって消化・吸収されて骨や筋肉、皮膚、内臓などの材料になります。

 こうしたメカニズムについては講談社ブルーバックスの『砂漠のラクダはなぜ太陽に向くか? 身近な比較動物生理学』という本で解説しましたので、どうぞお読みください。ラクダやモグラなど「極端な環境」で生きる動物たちの体のしくみについて、楽しく学んでいただけると思います。ただしタイトルに反して、半分くらいはウシなどの消化・吸収のお話です(笑)。この本が1991年に出てだいぶ経ってから、総合地球環境学研究所(地球研)のプロジェクトを狙っていた縄田さんに「ラクダの研究者として、プロジェクトに加わってほしい」とお声がけをいただきました。

 学部長をしていた時期でもあって、「私はラクダの専門家ではありませんよ」と言ったのですが、まだ30歳代だったリーダーの縄田さんが熱心で、「アラブ社会におけるなりわい生態系」というテーマも魅力的だったことからお受けしました。アラブの産業といえば石油のイメージが強い一方、乾燥地域で千年以上も自給自足的な生産活動を続けてきた人々がいます。地球環境の問題が深刻化する中、少ないエネルギー資源で生命・生活を維持してきた住民たちの「なりわい」にあらためて注目し、石油に頼るだけでない未来の可能性を探ろうというプロジェクトです。

 リーダーの縄田さんは文化人類学、現京都精華大学長のサコさんは建築学、私は栄養生理学と、多彩な専門家が参加しました。私はラクダについて書かれた世界中の文献やFAO(国連農業機関)の統計を調べたり、スーダンで現地の人々がラクダと暮らす様子を観察したりするなどしました。このプロジェクトでは他分野の先生方から学ぶことも多く、「本当のラクダの専門家」に少し近づいた私は、今もラクダによる内陸交易やラクダの軍事利用の研究を続けています。

動物の体のしくみから石巻の伝統食まで

 私が東北大学でお世話になった家畜形態学者の玉手英夫先生には研究者として重要なことを忍耐強く指導していただきました。中でも印象に残っているのは「1頭のヒツジを24時間観察し続ける」という研究室に入った直後の課題です。じっくりと観察することの大切さは研究者として何度も痛感しました。

 学部で調べたのはゴールデン・ハムスターの2室ある胃袋の構造と生後成長です。必要な個体数を確保するために、エサや光環境、巣作りの材料などを改良して繁殖率を約2倍にして、なんとか研究がまとまりました。同じように胃の中に微生物を住まわせていても、ハムスターと反芻類の胃は大きく違うということが分かりました。

 大学院ではヒツジを使いました。胃の中の短鎖脂肪酸の生産速度の違いによって、ヒツジやウシはエサの量や質を把握していることが分かりました。おなかに穴を開けて、ここから反芻胃の組織をごく少量採集して実験をしたのです。狙った組織をきちんと取れるか、正常な増殖速度とはどのくらいか、少量の標本をどう処理するか、様々な工夫が必要でした。この研究は後に肉牛の成長が止まる栄養障害の解決法に結びつきました。

 博士課程の修了後は思わぬご縁で西ドイツ(当時)のホーエンハイム大学に職を得ました。恵まれた研究環境と待遇に驚きながら、大腸内の粘液などのテーマに取り組みました。研究室にはラクダやカンガルーもいて、これが後の研究に役立ちました。ドイツの獣医大学や日本企業の研究所などを経て、開学準備のため石巻に赴任したのは1988年です。

 私は栄養生理学、比較動物生理学などの自然科学から、家畜文化論などの人文・社会科学に研究領域を広げてきました。また東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻市の大学の学長としての御縁で生活復興の研究もしています。その一環として石巻地域の伝統的な食文化を調べ、『たべる つくる 石巻』というレシピ集にまとめ、その秋冬版が先日出ました。

 今は日清戦争の毛筆の戦闘記録や世界各国のラクダ乳の生産量など様々な資料がインターネットで手に入ります。どなたでも深く学ぶことが可能です。皆さんもぜひ、動物について調べてみてください。最初に申し上げた通り、動物について考えることは、人間を知ることでもあるのです。

(取材=2021年2月9日/石巻専修大学1号館1階 坂田隆研究室にて)

研究者プロフィール

(前)石巻専修大学 理工学部 教授
比較栄養生理学・家畜文化論・東日本大震災後の生活復興
坂田 隆 先生

《プロフィール》(さかた・たかし)1951年愛知県生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学農学研究科博士課程修了。農学博士。西ドイツのホーエンハイム大学、ハノーバー獣医大学研究員、ヤクルト本社中央研究所、フランス農林省農業総合研究機構勤務を経て、1989年の石巻専修大学の開学にあわせて理工学部助教授就任。1997年より教授。2007年から2016年まで第4代学長を務めた。2021年春に教授を退任し、同大学共創研究センター特別研究員に。著書に『砂漠のラクダはなぜ太陽に向くか? 身近な比較動物生理学』『はじめてナットク! 大腸内幕物語 知られざる臓器をさぐる』など。共著書に『沙漠学辞典』『サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年』『人間と自然環境の世界誌―知の融合への試み』『砂漠誌 人間・動物・植物が水を分かち合う知恵』『消化管の栄養・生理と腸内細菌』『東日本大震災石巻市における復興への足取り』『東日本大震災ボランティアによる支援と仮設住宅』など。

         

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