研究者インタビュー

水の浄化技術で環境を守るには

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微生物による水の浄化は傑作技術

 山形県の農家の長男に生まれ、農業高校を卒業して家を継ぐつもりでした。しかし小規模の農業では将来が厳しいと考え、工業高校で土木を学ぶことにしたのです。専門科目の教科書には難しい公式がたくさん出てきましたが、その証明の多くは書いてありません。「公式を理解したい」という氣持ちが高まって、3年生になってから大学への進学を決意しました。

 工学部の土木工学科に入学してから、数学と、力学をはじめとする物理の基礎を学びなおしました。高校時代には手が伸びなかった、高校生向けの詳しい参考書を買っての独学です。これで高校の専門科目で習った公式も大学の授業も、どうにか理解できるようになりました。橋の設計にあこがれていたため、卒業論文のテーマも橋です。大学から助手として残るお話をいただき、全く考えていなかった研究の仕事に就くことになりました。

 配属されたのは水環境の研究室です。「土木工学科で水環境?」と思いましたが、土木工学分野の仕事には上下水道の整備も含まれます。しかし環境については、私が助手になった1977年当時は全国的にもまだ学科は少なく、専門書も限られていました。環境の大切さが認識され、研究も盛んな現在とは大違いです。環境ですから、今度は化学と生物学の知識も必要です。環境の専門書は難しく、またもや高校生向けの参考書を買ってきて勉強しました。

 研究室の主なテーマは「活性汚泥(おでい)」でした。有機物を含んだ汚水は腐敗して悪臭を放ち、人体や環境に悪影響を及ぼします。ところが下水や廃水に空氣を吹き込み続けると、なぜか水がきれいになることが知られていました。実は微生物たちの固まりが増殖し、酸素を得て有機物を分解していたのです。これが活性汚泥で、その活用による水の浄化は人類の傑作技術と言えます。

 中世ヨーロッパの都市は、きわめて不衛生でした。都市壁に囲まれ過密だった上に、おまるに排便した屎尿(しにょう)を、まとめて川に流していたのです。これに比べて日本では屎尿を肥料として活用していたため、100万人が暮らしたとされる江戸の町もたいへん衛生的でした。

 イギリスで、都市の下水を農地に引いて処理するようになったのは1860年頃です。やがて汚泥を沈殿させて上澄みだけを川へ流すようになりますが、汚泥は船に積んで北海などに捨てていました。かつては世界中で行われていましたが、現在では廃棄物の海洋投棄は厳しく制限されています。

 微生物を活用した下水処理(散水ろ床法)は、1893年にイギリスで始まりました。こぶし大の石を敷き詰めた上から汚水を撒き、石の表面に繁殖した微生物に有機物を分解させることで、水を浄化するようになったのです。現在広く用いられている活性汚泥法が実用化されたのは、1914年でした。

活性汚泥の研究から汚泥の研究へ


 日本でも明治以降、人口が増え都市化が進み、化学肥料が普及すると、屎尿や下水の処理が大問題になりました。仙台では明治時代から下水道の整備が進みましたが、家庭から出る汚水を雨水と一緒に流すという、現代から見れば不完全なものでした。費用や技術の問題から今でも使われていて、大雨などの際は、やむなく雨水で希釈された汚水の一部を川に流しています。

 今の下水道は汚水と雨水を分離し、雨水は川に流す一方、汚水は処理施設へと送られます。処理施設では固形状・泥状のものを沈殿させて除去した上で、活性汚泥の微生物によって有機物を分解します。その後、浄化された水を川や海に流す一方、活性汚泥は沈殿させて再び活用するのです。下水道や処理施設が整備され、水洗トイレが普及した今では、川や海が汚れたかつての姿は、想像するのも難しいかもしれません。

 微生物は肉眼では見えないほど小さな生物の総称で、明確な定義があるわけではありません。活性汚泥にはズーグレアという細菌をはじめとする様々な微生物が生息しています。有機物以外でも、窒素化合物を分解して氣体にしてくれる微生物や、リンを除去してくれる微生物までいるのです。私は活性汚泥のこうした基礎研究に、10年間ほど従事しました。

 30歳を過ぎて、当時の建設省(現・国土交通省)の土木研究所に1年間行かせていただくことになりました。場所は現在の茨城県つくば市です。下水道部の汚泥研究室に配属され、下水から除去した汚泥の処理・処分・有効利用の研究に取り組みました。

 処理施設で沈殿させるなどして出た汚泥は、当時は一部が農業用の肥料として利用されるだけでした。多くは埋め立て処分していたのです。しかし下水汚泥が増え続ける一方、埋立地には限りがありますし、環境への影響を抑える必要もあります。

 汚泥研究室では建築資材などに再利用する技術の開発や、埋め立てにともなう様々な課題の解決に取り組んでいました。1980年代半ばに15%程度だった下水汚泥のリサイクル率は、セメント原料化して建築資材に再利用できるようになった90年代半ばから大きく向上し、現在では80%程度になっています。一方、私が大学に戻ってからの中心的な研究テーマに選んだのは、埋立地問題の方でした。

次世代の廃水処理を人工湿地で


 埋立地では、下水汚泥などの廃棄物から浸出する水の処理が大きな課題です。廃棄物に含まれていた水分だけでなく、雨が降るたびに高濃度の有機物・無機物を含んだ液体が浸出します。これが土壌や地下水を汚染するのを防ぐため、埋立地の建設では、全体を特殊な遮水シートで覆い尽くさなければなりません。さらに底部に排水管を張り巡らせて浸出水を集め、処理してから放流するのです。

 浸出水が土壌に浸透してしまった場合の、土壌や地下水への影響も研究する必要があります。土には物質を吸着して濾過するはたらきがあり、生息する微生物も有機物を分解してくれます。その浄化作用は廃水処理においても知られ、また研究されてもいました。しかし浸出水のような高濃度の液体が土壌に浸透する研究は、ほとんど未開拓だったのです。

 私は資材を特注して実験装置を作製し、円筒に土を詰めて浸出水を流入させる実験を繰り返しました。浸出水のどんな成分を、どんな土壌がどの程度除去できるのか。土壌の厚さを変えるとどう変化するのか。浸出水が土壌内の隙間を埋め尽くす飽和状態と、隙間に空氣が含まれたまま通過する不飽和状態ではどう変わるのか。こうした研究を重ね、1998年には博士論文を書くことができました。

 研究成果は埋立地において、経年劣化などで遮水シートが破損して浸出水が流出した場合の影響評価などに応用が可能です。また埋め立て作業では、悪臭やゴミの飛散を抑え、虫や獣を防ぐためなどの理由で、毎日最後に土で廃棄物を覆っています。そして埋立地がいっぱいになると、やはり全体を土で覆って土地の再利用を図ります。こうした作業で使われた土が、浸出水をどの程度浄化しているのかも研究の対象です。

 他にも森林域を流れる河川と、下流の都市部を流れる河川の水質を調べて、河川環境の改善を探る研究などをしています。今特に力を入れているのは、大学の客員研究員である矢野篤男先生と取り組んでいる「人工湿地」の研究です。自然湿地の浄化作用に着目し、土と水と植物で再現した人工湿地は、次世代の水処理技術として実用化されつつあります。今の下水処理施設は空氣を吹き込むために大量の電氣が必要で、運転・管理には高度な技術を持つスタッフが欠かせません。日本が途上国に技術を提供する際にも、人工湿地のようにエネルギーや高度な技術を必要としない仕組みが求められているのです。

 市民の皆さんにも、ぜひ下水道や廃棄物処理について関心を持って、自治体のホームページなどで学んでいただければと思います。下水処理施設などでは見学も可能です。また私自身の経験から、高校生向けの参考書での勉強もお勧めしておきます。ただし、厚くて説明の詳しいものを選びましょう(笑)。

(取材=2020年2月26日/東北工業大学 八木山キャンパス 6号館4階会議室にて)

研究者プロフィール

東北工業大学 工学部 大学院工学研究科 教授
専門=水環境工学・廃棄物工学
中山 正与 先生

《プロフィール》(なかやま・まさとも)1954年山形県生まれ。東北工業大学工学部卒業。博士(工学)(東北大学)。東北工業大学助手、講師、助教授を経て、2003年より現職。

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