研究者インタビュー

ヒューマンエラーはなくせるか?

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事故・トラブルの防止に役立つ心理学

 心理学の中でも、特に「ヒューマンエラー」の研究に力を入れています。運輸・交通・建設・製造・医療・発送電などで発生する事故やトラブルは、機械の不具合や天災だけが原因ではありません。人間の誤りや失敗が、しばしば重大な不都合を引き起こすのです。そうした人間の行動や不都合の全体が、ヒューマンエラーです。

 行動というと体の動きをイメージすると思いますが、心理学では見たり聞いたりすることも、得た情報を認知したり解釈したりすることも、記憶したり思い出したりすることも「行動」と呼びます。そして人間の誤り・失敗は、これらの全ての過程で起こり得るのです。

 私たちは過去の事故・トラブルに学ぶ必要があります。しかし失敗した人を責めたり罰則を強化するだけでは、ヒューマンエラーはなくなりません。むしろゼロにはできないことを前提に、教育や仕組みの改善に努める必要があります。

 私は大学で授業をするだけでなく、危険物を取り扱う方々や、自動車学校の先生方、企業で安全にかかわる方々などのための講座も行っています。今これをお読みの皆さんも、もし事故やトラブルを防がなければならない立場にあるならば、ぜひ心理学を学んでください。

 誰もが安全と安心を求めます。しかしその関係は、実は単純ではありません。「危険なことなど起こるはずがない」と思えれば、人は落ち着いていられます。いわば「無意識的安心」で、一概に悪いとは言えません。たとえば対向車とすれ違うたびに「ぶつかってくるかも」と心配していたら、とても車の運転はできないでしょう。私は駅のホームで先頭に立つことにさえ不安を覚えるタイプですが、これはもうヒューマンエラー研究者の職業病です(笑)。

 一方、「危険なことは起こり得る」と考えた上で、備えができている場合も安心できます。これは「理性的安心」です。そしてもちろん危険な事態や不都合を、人間が引き起こしてしまう可能性にも備えなくてはなりません。

 たとえば運輸や工事の現場では、事故防止のために「指差し呼称」が行われています。鉄道の運転士さんや駅員さんがやっている姿をよく見ると思います。ところが指差し動作をして声を出すことにさえ、人はやがて慣れてしまうのです。まず「なぜ指差し呼称が必要なのか」という意味を理解しなければなりません。そして慣れを防ぐためには、不自然なほど大きな動作をしたり大きな声を出したりするなどの工夫も考えねばなりません。人間を「不自然な状態に維持すること」でこそ、ヒューマンエラーは防止できるのです。このように、簡単に安心してしまわないことで安全を確保することを、私は「不安心安全」と呼んでいます。

 知識や経験は、もちろん安全の確保に役立ちます。しかし思い込みや過度な自信を生んで危険を招くこともあるため、過信は禁物です。またヒューマンエラーは、個人だけでなく人間関係や組織の問題からも発生します。たとえば作業に関するあいまいな指示に対しても、真面目な人ほど「理解できない自分が悪い」「自分で何とかしよう」と思いがちで、これが事故につながるのです。

ヒッチハイクで仙台を目指した3.11

 原子力発電所には最新・最高の科学技術が結集していますが、運転や整備点検を行うのは人間です。私は安全人間工学の専門家として、原発にも長く携わってきました。電力会社や協力企業に求められて、発電所の現場を視察したり、研修の講師を務めることもあります。

 東日本大震災が発生した2011年3月11日、私はまさにその仕事のために福島県にいました。会場は、東京電力福島第二原発が立地し、事故が起きた第一原発の南にある富岡町です。いつもは車で行くのですが、その日は終了後に懇親会が予定されていたため、お酒が入ることからJRの常磐線を使い、富岡駅に着いたのが午後2時20分です。講演の直前、会場の控え室に一人でいた時に、強烈な横揺れに見舞われました。

 とっさにドアを開けて出口を確保し、ホールの太い柱の側へ慎重に移動しました。落ち着いて行動できたのは、私が関東地方出身で、子どもの時から地震への備えを学び、知識も心構えもあったからだと思います。長かった揺れが収まると、建物から駐車場に出ました。何度もかけ続けた電話がつながり、仙台にいた妻と互いの無事が確認できたのは、午後3時半頃です。雪が舞い始めると主催者側の方の車に招き入れられ、テレビが伝える津波の映像に衝撃を受けました。

 講演はもちろん中止です。仙台に帰ろうにも津波で常磐線は止まり、国道6号線は各地で冠水しています。主催者側の方が「ホテルがある所まで行ってみましょう」と言って車を出してくれました。ふと思い立って「仙台に向かう車を見つけてヒッチハイクします」と言うと驚かれましたが、運よく年配の男性が運転する車に乗せていただくことができました。

 コンビニエンスストアが店を開けてくれていたのは助かりました。停電で真っ暗な中レジに並び、懐中電灯と電卓で飲食物などを会計してもらったのが午後6時半頃です。その後スタンドで給油もできたのは、本当に幸運でした。

 方々が冠水による通行止めで、何度も引き返し、道に迷いました。何とか仙台に帰って来られたのは、各地で地元の方が道に立って誘導してくださったり、所有する工場の敷地を開放して迂回させてくださったりしたおかげです。

 乗せていただいた方の住む仙台南部に着いたのは、深夜の2時半頃です。「ここからは他の手段を見つけます」と申し上げても「あなたがいてくれて氣持ちが落ち着いたし、色々と手伝ってもらって助かったから」と言って、その約1時間後、仙台西部にある自宅まで送り届けていただきました。

心理学を活用して「次」に備える

 夜が明けて大学に行き、状況を確認している最中に「福島第一原発で水素爆発」というニュースが飛び込んできました。地震と津波で電源を失ったことから、水素爆発が発生して大量の放射性物質が拡散するという、深刻な事故になってしまったのです。

 可能な限り早く事故の現場を見ておきたかった私は、2011年12月、福島第一原発に入りました。外部被ばくを防ぐための防護服に身を包み、内部被曝を防ぐために顔は全面マスクを装着しました。1時間半ほど視察し、胸部レントゲン撮影1回分ほどの放射線を浴びましたが、現地を見ることで得られた知見はやはり貴重でした。

 翌年2月には、中止になった研修会の主催者にお願いして、講演をやり直させていただきました。会場は同じ富岡町でしたが、テーマはヒューマンエラーではなく、収束作業におけるストレスの軽減策についてです。現場で大変な作業にあたっている方々のお役に立てるよう、今後も原発には関わり続けたいと思っています。

 私は東日本大震災を一言で表すと「安全と信じられていた場所で多くの方が犠牲になられた」ことだと思っています。それを象徴する惨事の一つである石巻市の大川小学校では、津波で児童74名、教職員10名が死亡・行方不明になっています。2012年に事故検証委員会が設置され、私は調査委員に任命されました。力不足でご理解を得られなかった部分があったことは反省しなければなりませんが、全身全霊を傾けて検証に取り組んだつもりです。2014年に報告書をまとめて委員会は解散しましたが、研究者としての取り組みを継続していきます。

 私が心理学を専門に学ぼうと決意したのは、大学に入学してからです。しかし小学校2年生の時に「人の心が読める器械をください」とサンタさんにお願いしたり、同じく4年生の時に「高速道路について調べる」という課題に「建設に反対する人々は不安からそうしている」というレポートを作成したりと、人間の内面に関心を持つ子どもではありました。

 皆さんの中にも、人の心に関心を持つ方がいらっしゃるでしょう。しかしそうでない方々にも、ぜひ心理学を学んでいただきたいと願っています。たとえば心理学的には、「防災・減災は事前の準備に尽きる」のです。災害が発生すると情報の入手が難しくなるだけでなく、その情報を判断する人間の能力も極端に劣化してしまうのですから。私たち研究者の側も、市民の皆さんが学ぶ機会を積極的に作っていきたいと考えています。

(取材=2019年11月29日/宮城学院女子大学 人文館4階 心理行動科学会室)

研究者プロフィール

宮城学院女子大学 学芸学部 心理行動科学科 教授
専門=応用心理学・安全人間工学
大橋 智樹 先生

《プロフィール》(おおはし・ともき)1971年東京都生まれ。東北大学大学院 文学研究科博士課程後期 単位取得退学。博士(文学)。臨床心理士。認定安全工学専門家。日本学術振興会 特別研究員、(株)原子力安全システム研究所 研究員を経て、2002年、宮城学院女子大学学芸学部に助教授として着任。2009年より現職。共著書に『事例で学ぶヒューマンエラー そのメカニズムと安全対策』『学生のための心理統計法要点』『現代の認知心理学7 認知の個人差』、編著書に『産業・組織心理学ハンドブック』、共訳書にシドニー・デッカー著『ヒューマンエラーは裁けるか 安全で公正な文化を築くためには』などがある。
    

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