編集部だより

「ヤチ」について

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 前回担当の際にお話しした通り、日本の地名・地形に注目し出してから3ヶ月が経ちました。現在、柳田国男の『地名の研究』を再読しているところです。東北や、自分が今まで住んだことのある地方の地名が出て来たりすると、やはり親近感が湧いて、より興味深く読めます。
 そこで、東北で馴染みの深い地名にひとつ注目してみたいと思います。それは湿地を意味する「ヤチ」、すなわち「谷地」です。広辞苑には「(東日本で)低湿地。やつ。やと。」とあります。東北から西へ行くほど「ヤト」「ヤツ」となり、関東地方では単に「ヤ」となります。確かに東京では「四谷」「世田谷」などは「ヤ」であり、鎌倉市には「扇ガ谷(おうぎがやつ)」があります。
 因みに、「仙台 谷地」で検索しますと、この地図が出てきます。マーカーの数を数えると25, 6もあり、現在でも立派に住所表示として使用されています。湿地という特徴から、沿岸部に多いのは当然でしょうが、かなり内陸の方にも少なくありません。これは、古代~江戸期には、海岸線が今よりもかなり内陸部に喰い込んでいた、ということでしょう。海面後退と、中世~江戸、そして明治新政からの強力・広範囲な開発により、Googleのストリートビューを見ても、今では「湿地」の面影はほとんど無いようです。
 前掲書によると、「ヤチ」はアイヌ語で、アイヌ研究家ジョン・バチェラー(英国、1854年3月20日─1944年4月2日)の辞書では「A Swamp 沼沢」とされています。アイヌ語では、同じく「沼、沼地」を意味するものとして「トマン」や「ニタ、ニタト」があり、今に「道満」「当間」「仁田」「似田」などという地名の語源だということです。この三つのアイヌ語に関して、柳田はこう言っています。

「右三つのアイヌ語が、我々の部落の間にかくのごとく盛んに頒布せられおる事実は、果していかなる推論を下さしむるかと言うに、ある時代において我々の祖先とアイヌの祖とが雑処しておったことである。しかして一方の民族にとって有要なる土地が、たまたま他の一方のためには単純なる邪魔物に過ぎなかったと言うことは、おそらくはいよいよ二者の雑居比隣を容易ならしめた原因であって、平地を占めた民族の地位が、次第に傾斜地を占めた民族より優勢になった消息も、後者が圧迫のために蒙昧なる山人の状態に退歩して行った趨勢も、このわずかなる共通の言語から想像し得らるるのである。」

 この言葉から、遠い昔の和人とアイヌ交渉の絵巻が見えてくる氣がします。上記仙台の「谷地」にも、数々の勢力消長のドラマが繰り広げられていたのかも知れません。

「まなびのめ」編集部 佐藤 曜
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