研究者インタビュー

デジタルメディアでスポーツが変わる

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スポーツをする・観る・支える

 
 私たちが生涯にわたってスポーツに親しめる社会を実現するため、国は今スポーツをする人だけでなく、観戦する人、そして指導者やボランティアといった、育てたり支えたりする人のための環境整備も同時に進めています。人とスポーツとの関わり方には「する」「観る」「支える」という3つがあるのです。

 体育学部のみの単科大学である仙台大学には、スポーツを「する」多くの学生たちが集まってきますが、私が学科長を務める「スポーツ情報マスメディア学科」が主に取り組んでいるのは、「観る」「支える」スポーツの研究と、人材の育成です。この分野は21世紀に入ってから、デジタルメディアの飛躍的な高度化と普及によって、大きく発展しました。

 もちろんアナログメディアの時代も、テレビでスポーツ中継を観たり、新聞・雑誌で解説や予想を楽しんだりすることはできました。しかし今は地上波デジタル放送のテレビでもデータが提供されますし、スマートフォン、タブレット、パソコンを使えば、インターネット上の膨大かつ詳細なデータを、瞬時に手に入れることができます。

 デジタルメディアは、スポーツ観戦のあり方を変えただけではありません。客観的なデータに基づいてトレーニングが行われるようになったり、インターネットを使って広くボランティア・スタッフを募集できるようにもなりました。そして「する」スポーツ、つまり競技をも大きく変えたのです。私が長年携わってきたバレーボールは、その典型と言って良いでしょう。

 私は1995年に長崎県の高校から筑波大学に入学しました。男子バレー部の監督は都沢凡夫(みやこざわ ただお)先生で、大学選手権を1997年から2002年まで6連覇した黄金時代です。私は平凡な選手でしたが、チームメートにはすごい選手がたくさんいて、優勝を味わえただけでなく、4年前に亡くなられた監督や他の選手たちから大きな学びを得ることができました。

 大学ではバレーボールに熱中しましたが、3年生になると将来を考えないわけにはいきません。漠然と「長崎に帰って高校の体育の先生になるか」と思っていたのですが、「高いレベルのチームで経験したことを基に、スポーツの研究を深めてみたい」という氣持ちもあって、就職ではなく大学院への進学を決意しました。1度目の受験には失敗しましたが、高校で非常勤講師をしながら再び挑戦し、大学院でも都沢先生のご指導を受けることになったのです。

アナリストは情報分析の専門家

 私が大学院に進んだ前年の1999年は、バレーの世界強豪チームがベンチにパソコンを持ち込み、試合に活かし始めた年でした。イタリアで開発された「データバレー」というソフトは、全プレーの内容をキーボードで入力できます。そのデータを映像と合わせることで、きわめて正確な情報が得られるのです。この「データバレー」が、都沢先生の研究室に導入されました。私も使ってみましたが、「データバレー」はすべてのボールタッチをタッチタイピングで入力するもので、私はもともとパソコンの操作さえ不慣れでしたから、まったく手に負えません。これは自分には無理、と忘れかけていた頃、先生から「来月始まる大会(現在のV1リーグ)で『データバレー』を使いたいという実業団チームがあるから、君が行きなさい」と言われて仰天しました。

 体育会系の学生が恩師から命じられたら、「はい」という返事以外はあり得ません(笑)。こうして大変な1カ月が始まりました。日本では、ようやくパソコンやインターネットが普及し始めた時期です。使い方で分からない点を調べようにも、日本の代理店で聞いてもわからない点が多く、頼みの説明書はイタリア語と英語を翻訳しながら実戦でためす、という状況でした。キーボードを見ないで打つ練習から始め、過去の試合の録画を見て入力する特訓に励みましたが、間に合うわけがありません。半ば投げやりな氣持ちで試合会場に着くと、実はもう一人、すでに入力をマスターしたスタッフが待っていたのです。

 彼の補助から始めてソフトを学び直した私は、徐々にデータ分析の重要性と面白さに目覚めていきました。国内最高レベルの実業団チームで、データの入力だけでなく、分析や作戦の立案にも関わる経験をさせてもらったのです。そして、自分は選手としては一流ではなかったが、もしかしたらアナリストとして日本のバレー界に貢献できるかもしれない、と考えるようになりました。アナリストとは情報分析の専門家という意味で、「金融アナリスト」などのように使われます。日本のスポーツ界では競技ごとに色々な呼び方をしていましたが、近年はアナリストという言葉が定着してきました。

 私は日本のバレー界で、デジタルデータを扱うアナリストの、最初のメンバーになりました。2001年に北京で開かれた大学生の国際大会ユニバーシアードでは、男子バレーのスタッフに選ばれます。経験を活かして「データバレー」をテーマに論文を書いた私は、大学院を修了後、女子バレーの実業団チームでコーチ兼アナリストとして採用されました。2003年からは全日本に呼ばれ、2004年アテネ五輪では女子の、2008年北京五輪では男子のアナリストを務めました。2006年から仙台大学に勤務し始め、現在は研究と教育が活動の中心ですが、今も日本バレーボール協会で後進の育成にあたっています。

生涯スポーツにもデジタルメディアを

 
 実はバレーボールのように、ベンチに電子機器を持ち込める競技は多くありません。またデータをどう使うかは、監督など現場の責任者次第です。幸いバレーでは、日本に限らず指導者たちがデジタルデータの活用に積極的だったこともあって、スポーツにおける情報戦略をリードしてきました。

 様々な競技に合わせて設定が可能な「スポーツコード」「ダートフィッシュ(動作分析も可能)」というソフトが普及するなど、今では他の競技でもデジタルメディアの活用は常識になっています。アナリスト仲間の渡辺啓太氏は5年前、「日本スポーツアナリスト協会」を立ち上げました。アナリストの地位の向上だけでなく、選手の発掘・強化から競技団体の経営に至るまで、広くデータを活用することで日本のスポーツをいっそう発展させることが目標です。

 本学の「スポーツ情報マスメディア学科」では、「スポーツマスメディア」と「スポーツ情報戦略」という、2つの履修モデルを設けています。前者ではスポーツの取材、素材の加工・編集、放送・紙面作りを学び、実際にテレビカメラを操作する授業などがあります。

 そして私が主に関わる後者では、スポーツに関するあらゆる情報の収集・分析・伝達について学びます。授業は、アナリストに必要なパソコン操作の習得だけではありません。スポーツ情報戦略には、そのデータを競技にどう活かすか、さらには行政の施策や企業活動にどう結びつけるかといった内容までが含まれるのです。従って、起業家の方の話を聞き、自ら事業を手がける際の戦略を考える授業などもあります。

 地域単位で「スポーツ文化」を育ててきたヨーロッパなどと違って、日本では主に学校の授業や部活動を通してスポーツが普及しました。それがスポーツを「する」に比べて、「観る」や「支える」が重視されてこなかった理由の一つでしょう。しかし「する」だけでは、目標が勝つことに集約されがちです。そのためごく少数の勝者以外は、大人になるとスポーツから離れてしまうという問題がありました。

 日本でも今、楽しみと心身の健康のために生涯を通じて運動に親しみ、観戦したり育成に携わったり運営を手助けしたりといったスポーツへの関わり方が広まりつつあります。もちろん日本の代表が国際大会で活躍すると、うれしいのは確かです。しかしそれも、裾野の広がりがあってこそではないでしょうか。私はデジタルメディアの発達と普及によって、より多くの人が日常的にスポーツに触れ、子どもたちの指導に正確なデータが活かされたり、年配の方も客観的な記録や動画を励みに運動を続けようと思えたりする社会からこそ、世界的に卓越した競技力も養われるはずだと考えています。

 来年は東京五輪が開催されます。皆さんも大いに楽しみつつ、データやメディアの活用、そしてスポーツの未来についても考えていただければと思っています。

(取材=2019年8月20日/仙台大学 大学院研究棟2階 石丸研究室にて)

研究者プロフィール

仙台大学 体育学部 准教授
専門=体育学・バレーボールコーチング論・スポーツ情報戦略
石丸 出穂 先生

《プロフィール》(いしまる・いずほ)1976年長崎県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。筑波大学大学院体育研究科修了。修士(体育学)。上尾中央総合病院女子バレーボール部(現 上尾メディックス)コーチを経て、2006年仙台大学着任。日本体育協会公認スポーツ指導員。日本バレーボール協会認定アナリスト。仙台大学男子バレーボール部監督。

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