研究者インタビュー

漫画の源流を探ってメディアを考える

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スイス人テプフェールこそ「漫画の父」

 長年取り組んできたスイス人テプフェールの研究成果を、今年本にまとめることができました。日本人にはあまりなじみがありませんが、フランスやベルギーなどのフランス語圏では、テプフェールは「ストーリー漫画の父」として知られています。日本で言うと江戸の寛政年間にあたる1799年に生まれ、亡くなったのは1846年、明治維新の20年ほど前です。

 「ストーリー漫画」と言っても、日本で言われている意味とは少し違います。連続した枠、いわゆるコマの中の絵と文字で物語を進め、読者をハラハラさせたり笑わせたりするという、現代の多くの漫画が用いている表現を、世界で初めて生み出したと考えられるのがテプフェールなのです。

 日本では1989年に亡くなった手塚治虫が、「ストーリー漫画の生みの親」とされることが多いようです。彼が偉大な業績を残し、多くの後進が育ち、今も大きな影響を及ぼしていることは間違いありません。漫画にはあって当たり前とされていた笑い、ギャグの要素を除いたシリアスな作品に挑み、成功させたことも高く評価されています。しかし全てが手塚の独創だったわけではなく、彼もまた国内外の先行者の仕事を参考にしながら、自分の表現を作り上げていったのです。

 世界中で人氣がある日本の漫画のルーツを、平安時代に描かれた鳥獣戯画や、テプフェールと同時代を生きた葛飾北斎による「北斎漫画」に求める見方もあります。また、漫画には世相を風刺する1コマ漫画や、新聞連載の4コマ漫画などもあって、その形式はきわめて多彩です。しかし紙面をいくつかのコマに割り、そこにキャラクターや背景、説明文やセリフや心の声を書き込むという表現は、テプフェール以前には見つかっていません。セリフを線で囲んでキャラクターに結びつける「フキダシ」という技法こそ用いませんでしたが、キャラクターの動き、背景、小道具などを舞台劇のような構図で面白く描いた彼の作品は、まさに現代的な意味での漫画そのものです。

 テプフェールに始まった表現方法が、いつどのようにして日本の漫画に取り入れられてきたのかについては、まだ詳しくは分かっていません。しかし日本の浮世絵がヨーロッパの画家たちに影響を与えたように、日本の漫画もまた、海外の作品に学んで発展してきたのです。

漫画を研究する意義とは

 画家を目指していたテプフェールは、挫折を経て教育者になりました。ジュネーブの寄宿制学校では校長も務めています。

 幼少時から親しんだ絵画・版画には、聖書の内容や著名な人物の一生を、連続する何枚かの絵で表現したものがありました。これがコマ割りのヒントになったことは間違いありません。また彼は小説や演劇を好み、自ら実在の人物のマネをして笑わせたり、芝居を上演したりしたこともあったそうです。こうした経験は、オリジナルのキャラクターを生み出し、物語を組み立てる上で大いに役立ったことでしょう。

 たまたま作品を見たゲーテに褒められて自信をつけ、テプフェールは今で言う自費出版を行います。わずか数百部を書店に置いただけでしたが、パリで海賊版が出回るほど評判を呼び、翻訳されてドイツ、イギリスでも出版されました。2万部も発行されていた週刊新聞に漫画が連載され、これをまとめた単行本がアメリカでも発売されるなど、計7作品を残しています。

 テプフェールは1846年に亡くなりますが、私がパリの大学院で学んでいた1996年がちょうど死後150年。フランスで記念の催しが行われるなど再評価の動きが盛り上がったことで、初めてその存在を知りました。作品を描いたのは200年近く前ですが、彼はスタンダール、バルザック、ユゴーら著名な作家たちの同時代人です。彼らの小説と同様、テプフェールの物語も笑いも、現代でも十分に楽しめます。私は彼の作品を日本語に訳したり、その生涯を調べたりする中で関心を深め、研究テーマとして取り上げるようになったのです。

 漫画を単なる娯楽だと考えて、軽んじる見方もあるでしょう。テプフェールの作品も人氣を呼んだ一方、文学でも絵画でもない「雑種」と軽蔑されたり、喜劇よりも悲劇を重んじる価値観が支配的な中、なかなか評価されないという憂き目にも遭いました。しかし大衆文化が後に高い芸術性を認められたり、貴重な伝統文化として保護の対象になったりした例はいくらでもあります。今や漫画は、広く受け入れられている現実、独特で高度な表現力、他分野への影響力などから、小説や映画と同様に評価・研究の対象とすべきだという考え方が一般的です。

 また単純化された描線、親しみやすいキャラクター造形、起伏に富んだストーリー展開といった特徴を持つ漫画には、独特の「伝える力」があります。たとえば戦争のように悲惨な事実や歴史を伝えるには、写真や実写映像、リアリティのある文章などももちろん有効です。しかし世代を超えて幅広い人に読まれたり、国や言葉の違いを超えて広まったりするという点では、漫画もまた戦争を伝えるのに適したメディアだと言えるでしょう。中沢啓治の『はだしのゲン』や、こうの史代の『この世界の片隅に』などが、その好例です。

趣味・娯楽も語れば学びにつながる

 高校生までの私は、漫画や小説は人並みに好きでしたが、研究対象にするつもりはありませんでした。「将来は国際機関で飢餓の問題などに取り組みたい」と考えて大学に入ったものの、実際に国際関係論を学んでみて、自分には合わないことに氣付きます。フランス語を専門に学ぶことにしましたが、文学者や思想家の研究には氣持ちが向かわず、メディアや人間の創り出す文化そのものを研究したいと思うようになりました。

 私が大学に入った1987年、カナダ人のマクルーハンが1964年に書いた本が、日本で『メディア論』として出版され、話題になりました。メディアを、コミュニケーションを媒介するあらゆるものに広げて考えようとする試みです。印刷物やテレビはもちろん、広告も漫画も衣服も自動車も皆メディアでありメッセージであって、人間という存在を拡張するものだという見方に、私も大いに刺激を受けました。

 アメリカ文学の授業で柴田元幸先生が指定した課題図書の中に、漫画が含まれていたことにも驚きました。著者のユダヤ人アート・スピーゲルマンが、父がポーランドで収容所に捕われながら生き延びた経緯を、動物のキャラクターを用いて描いた『MAUS(マウス)』です。先ほど言ったように、悲惨な事実や物語を伝えるメディアとしても、漫画はたいへん優れています。「漫画も文学研究の対象になり得る」と知ったことは、後の自分の研究につながりました。

 卒業論文を建築で書いた後、日本で書いた修士論文と、フランスで書いた博士論文で取り上げたのは大衆小説です。テキストだけでなく、新聞連載の告知デザインや挿画の機能にも注目しました。フランスでは1968年の五月革命を機に、文化的にも新しい表現や大衆文化を評価する動きが活発になります。私がパリの大学院で師事した先生も、文字文化と図像文化を広く研究対象とすることに積極的で、多くのことを学びました。

 私は東北大学大学院の情報科学研究科に所属していますが、現代の高度な情報技術は、自然科学だけでなくあらゆる学問分野と深く関わっています。私のいる研究室が掲げる「メディア記号論」もその一つです。言語や図像などの情報を広く「記号」として捉え、その意味や機能を分析・考察します。漫画に限らず、あらゆるメディア・コンテンツが研究の対象です。

 私は今、かつて博士論文で取り上げた亡霊や幽霊の物語に再び関心を向けています。東日本大震災の後、被災地では亡くなった家族の姿を見た、などの体験談が語られるようになりました。単なる「怪談」の枠組みではなく、生者と死者の関係というテーマについて、あらためて考えてみたいと思っています。

 漫画や小説に限らず、皆さんも様々なメディアを楽しんでいることでしょう。同じものを鑑賞した人同士で感想を話してみませんか。人によって目の付け所が違うのもおもしろいし、言語化することで自分の考えも客観視できます。娯楽や趣味について人と話しあうことを、学びの第一歩としておすすめします。

(取材=2019年8月29日/東北大学青葉山キャンパス 情報科学研究科教育研究棟7階 森田直子准教授室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 情報科学研究科 准教授
専門=比較文学・フランス語圏文学・文学理論・海外漫画の歴史
森田 直子 先生

《プロフィール》(もりた・なおこ)1968年神奈川県藤沢市に生まれ、関西に育つ。東京大学教養学部卒業。同大学院 総合文化研究科 修士課程修了。パリ第7大学博士課程修了。博士(文学)。熊本大学文学部講師、助教授を経て、2003年より現職。
著書に『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』など。共訳書にティエリ・グルンステン他著『テプフェール マンガの発明』など。


 

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