研究者インタビュー

本当に良くできている免疫のしくみ

  • LINEで送る

動物が大好きなのにアレルギーだった

 宮城大学に食品系の学部が設立された2005年から勤務し、畜産に関わる研究をしています。実験室でマウスを使い、免疫・感染症・寄生虫などについて調べることが多いのですが、家畜の生育や病氣の予防に役立つ研究も行っていて、飼育現場の訪問調査も欠かせません。現在は放牧されている牛の糞を集めて分析する研究に取り組んでおり、家畜だけでなく自分の体力と健康にも強い関心を持っています(笑)。

 私は子どもの時から、植物も含めて生き物が大好きでした。ところが動物アレルギーがあってぜんそくがひどく、猫を拾ってきては親に叱られるようなことを繰り返していたのです。体調不良で学校を休んだ日は読書に没頭し、「大人になったら作家になりたい」と夢見ていました。

 小学校5年生のある時、将来の職業を考える授業で同級生が言った「獣医さんになりたい」との考えに、動物の言葉がわかる獣医師の物語『ドリトル先生』に魅了されていた私は、その場で志望を変更しました(笑)。 「たとえ家で猫を飼えなくても、獣医になれば動物に毎日会える」と思ったのです。

 しかし私は、算数や理科の勉強が苦手でした。中学生になって具体的に進路を考え始め、地元だった大阪府立大の獣医学科を調べたところ、入試科目は数学・物理・化学。これはダメだと思いましたが、中学高校と猛勉強を重ねた結果、先生方にも恵まれて合格することができました。まだ深夜と言える時間から起きて、数学や理科と格闘した中学3年から高校にかけては「死ぬほど勉強した」と言い切ることができます(笑)。

 私は牛などの大動物を研究し、獣医師として途上国で社会に貢献したいと思っていました。ところが大学に入ってみると、当時の獣医学科は典型的な「男の世界」だったのです。研究は面白く、臨床ではなく研究職もいいなと思うようになったのですが、どちらも女子の求人はほとんどありませんでした。

 女子が受験可能な就職先は、ほぼ公的機関のみ。ようやく大阪府の公衆衛生研究所に決まりましたが、何と対象は動物ではなくヒト、しかもその頃大きな問題になっていた感染症エイズに関する研究でした。

 エイズはHIVウイルスに感染することで発症する病氣で、当時は死亡率が高いことで非常に恐れられていました。一方で感染力は比較的弱く、感染経路も限られています。採用初日、府知事から辞令を受け取ったその足で研究所に行くと、スーツ姿の上から頭まで覆う感染予防用の完全防護服を着せられて、さっそく実験室に案内されました。

エイズの研究を通して免疫を学び直す日々

 エイズは「後天性免疫不全症候群」とも呼ばれます。感染すると免疫機能が大きく低下し、他の感染症や疾患にかかって重症化するおそれのある病氣です。それでは免疫とは何でしょう? 元々は、ある病原体に感染して回復した経験があると、同じ病氣にかかりにくくなったり、かかっても軽い症状で済むことを指す言葉でした。体に侵入したウイルスや寄生虫を認識し、攻撃したり体外に出したりするしくみと考えれば分かりやすいでしょう。予防接種を行い「ワクチンで人工的に免疫をつくる」と言う場合も、この意味で使います。

 しかし研究が進んだ現在では、免疫が必ずしもプラスの働きをするとは限らないことが分かっています。免疫が過剰に機能してアレルギーを引き起こしたり、臓器移植の治療で拒絶反応が起きたりするのがその例です。そこで相手が病原体でなくても「自分と自分以外を区別し、自分以外を排除するしくみ」を、広く免疫と呼ぶようになりました。

 ところがそもそも私たちは、「自分以外」である食物を体に入れ、栄養素を取り入れることで生きています。そして「自分だった物質」も、老廃物や不要物として外に出さざるを得ません。私たちは何十年も生き続けることができますが、体は何十兆個もの細胞からできていて、栄養素を得て細胞分裂を繰り返す一方、一部を排出しながら「自分」を保っているのです。食物から栄養素を吸収する小腸の場合、粘膜の上皮細胞はわずか4日ほどで全てが入れ替わると言われています。

 何が自分で何が自分ではないのか。何を取り入れ、何を攻撃し、何を体外に出すのか。私たちの体は休むことなくその判断を繰り返し、実行しています。生命現象を分子のレベルで解明する分子生物学や、細胞の働きを決定する遺伝子の研究が進んだことで、免疫の研究も大きく進展しました。1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進氏は、これらの新しい技術を駆使して成果を挙げた代表的存在です。

 獣医師を目指していた私は、研究で人間を扱うことになるとは全く思っていませんでした。エイズを研究していた大阪府立公衆衛生研究所時代は、免疫や感染症について学び直す日々でもあったのです。感染の広がりを抑え、患者を治療するための研究はやりがいがあり、国が力を入れていたことから施設や予算などの環境も充実していました。

 HIVウイルスの遺伝子診断や抗HIV薬の開発に携わり、論文が認められて大阪大学の微生物病研究所で医学の博士号を取得しました。公衆衛生研究所で8年間勤務した後も、免疫や感染症の研究者としての道を歩むことになったのです。

 現在では様々な治療薬も開発され、エイズはかつてのような「死の病」ではなくなりました。しかし完全に克服されたわけではありません。むしろ日本は先進国の中では新たに発症する人の数が多く、宮城は東北6県の中でもっともHIV感染者の割合が高いです。感染経路はほとんどが性交渉ですから、もっと学校で性感染症の正しい予防法を教えてほしいと願っています。

「免疫力を高める食品」には要注意

 公衆衛生研究所から国内の大学、そして米国の獣医学系研究室に移った後は、動物の感染症を主なテーマにしてきました。個体、臓器、細胞、分子など様々なレベルで感染や免疫について調べ、予防や治療につなげます。

 病原体に対抗する免疫の主役は、主に血液中の白血球です。白血球にも色々な種類があり、好中球やマクロファージは病原体を食べてしまうことで、リンパ球は病原体に感染した細胞ごと殺したり、病原体を攻撃する「抗体」を作ることで戦います。

 また一度侵入した病原体を覚えておいて、次に入ってきた時にはより素早く、より強く対抗できるよう備えます。これを免疫記憶と言い、予防接種はその応用です。免疫のこうしたしくみはヒトも動物も共通で、本当に良くできていると感心する他はありません。

 現在私は、細菌やウイルスのように細胞内に侵入する病原体ではなく、消化器官などに共生する寄生虫に対する免疫応答を研究しています。寄生虫は「氣持ち悪い」と思われがちですが、細菌やウイルスと違って寄生した相手を死なせることはほとんどないし、大きくてよく見えるから研究しやすいという良いところもあるのです(笑)。

 免疫学・分子生物学・遺伝学はこの20年ほどで大きく進歩し、実際の医療にも応用が広がっています。実は私もその恩恵を受けていて、猫を飼うという子ども時代の夢を、アレルギーを抑える薬を服用することでかなえることができました(笑)。

 今の高校の生物の教科書には、エイズや自己免疫疾患も取り上げられています。一方、テレビやネットに「これを食べると免疫力が高まる」といった表現があふれていることは憂慮しています。免疫機能にはプラス面もマイナス面もある上、食生活の偏りは明らかに健康を害するからです。先日もテレビに向かって、思わず「それは言い過ぎ」と言っていました(笑)。

 バランスの取れた食生活は、免疫機能を良い意味で高めます。病氣にかかりにくくなり、加齢による心身の衰えをやわらげるのです。就寝・起床・食事などの時間をできるだけ一定にし、生活のリズムを整えることで免疫系や神経系がよく働くようになることは、研究で裏付けられています。

 皆さんも体が本来持っている健康を維持するしくみを十分に生かせるよう、規則正しい生活を心がけてください。私自身も多忙を言い訳にせず、休息をしっかり取るなどして健康を保ち、研究と教育に努め続けたいと思っています。

(取材=2019年5月10日/宮城大学太白キャンパス 北研究棟2階 森本研究室にて)

研究者プロフィール

宮城大学 食産業学群 教授
専門=動物免疫学
森本 素子 先生

《プロフィール》(もりもと・もとこ)1964年兵庫県生まれ。大阪府立大学大学院 博士前期課程 農学研究科修了。農学修士。獣医師。大阪大学微生物病研究所にて博士(医学)取得。大阪府立公衆衛生研究所などに勤務後、1999年よりアメリカ合衆国へ。農務省、メリーランド大学医学部などで研究員を務める。2005年、宮城大学食産業学部(当時)に講師として着任。准教授を経て、2010年より現職。

  • LINEで送る