編集部だより

「歴女」ブームと郷土史家

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 「歴女」という言葉が流行りだしてからずいぶんと時間がたったような氣がします。インターネットで「歴女」を検索してみると、イミダスのサイトがヒットしました。「歴女(レキジョ)ブームの正体とは?」というページでは「歴女」を次のように説明しています。

「歴女」をご存知だろうか? 文字通り“歴”史が好きな“女”性のことだ。かつて、歴史小説や時代劇、大河ドラマなどの歴史ものは男の趣味とされてきた。ところが最近、この「男の世界」に女性が多数入り込んできて一大歴史ブームを巻き起こし、大きな話題になっている。(https://imidas.jp/jijikaitai/l-40-089-09-07-g323)

 この文章を書いた文芸評論家の榎本秋さんによると、「歴女」ブームを支える共通点は「キャラクター」だと説明しています。戦国武将をキャラクターに使ったテレビゲームや、大河ドラマや近年の時代小説では、歴史の事実の説明(何年にどういう事件が起きた、どういう戦いがあった)よりも登場する人物のキャラクター性を強調したものが多いという分析に基づくようです。
 この「歴女」ブーム、記事が執筆されたのは2009年のこと。いまから十年も前のことです。今でもよく大河ドラマで取り上げられたゆかりの地には大勢の観光客が集まっているようですし、ブームの終焉はまだまだ先のようです。
 歴史に関心を寄せるということを考えると、個人的にパッと頭に浮かぶのは郷土史家の方たちです。最近、郷土史家の方たちとお会いする機会が多く、お話をしていると地域の歴史や歴史上の人間の関係を教えてくださるのですが、知らないことばかりで学ばせていただきつつ感嘆してしまいます。
 江戸時代、東北には安藤昌益という思想家が生きていました。安藤昌益は秋田・大館の出身で、青森・八戸で医師として仕事をしたのち、故郷の大館に戻り亡くなりました。この安藤昌益、江戸時代のなかでも特異な思想家として知られていますが、残念なことに彼が書き残したもののほとんどは関東大震災の際に焼失してしまいました。
 そういった事情も手伝って、偉大だけれど謎の多い思想家として知られていた安藤昌益ですが、彼が実際に大館で暮らしていたこと、またその地で亡くなったことを突き止めたのは大学の研究者ではありませんでした。石垣忠吉さんという郷土史家によって世紀の大発見が行われたのでした。
 郷土史家の集まりに参加してみると氣になるのは高齢化の問題です。「歴女」ブームに代表されるような歴史への関心の高まりが、これまで貴重な知見を蓄積してきた郷土史家の皆さんの営みへとつながっていくといいのですが。

「まなびのめ」編集部 佐々木 隼相
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