名著への旅

第44回『こども東北学 (よりみちパン!セ)』

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 生きることは食べることだ。生きるためには食べることが必要であるならば、なにを食べるのかについて考えなければならないし、誰がそれを作るのかについても考えなければならない。東日本大震災、とくに原発事故のあと、「東北」で食べものを生産している人びとは大きな影響を受けてきた。

 世の中が便利になることは決して悪いことではない。しかし、便利さを求めるのはいい生活を送るための手段であって、それ自体が目的ではない。著者の山内明美さんは目的と手段が転倒してしまった現代の社会に対して、生きることは食べることという非常にシンプルな、けれど根本的な視点から向き合おうとしている。

 山内さんが取り上げるエピソードはどれも悲しい部分がある。山内さんの身近な人びとの話から、安藤昌益や宮沢賢治といった思想家、作家の著作まで。「東北」に生きた人びとの物語はどこかで悲しさやつらさが埋め込まれている。濃密な反面古臭くも感じる人間関係や、恵みをもたらす一方で厳しさも見せる自然環境というような「東北」の世界がそうさせているのだろう。

 豊かさが追求されるなかで、さまざまな形でそこからこぼれ落ちてしまった人びとの悲しさ。これから生まれる命がまっとうに生きることのできる社会には、こういった悲しさがなければいけないのかもしれない。

(隼)

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