研究者インタビュー

災害時に健康を保つのは絆

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震災で備えの不十分さが明らかに

 2011年3月11日の地震発生時はこの建物、歯学研究科の基礎研究棟にいました。当時研究室は4階でしたが、ものすごい音がして強い揺れが続き、棚の本が落ちるなど部屋がめちゃめちゃです。何とか外に出ましたが建物の損傷は大きく、学生を避難させたり設備の被害を確認したりと対応に追われました。

 停電して情報はラジオが頼り。雪が降ってきたことも印象に残っています。自宅はほぼ無事でしたが、子どもを迎えに車で小学校に向かうと、信号が消えていて大渋滞です。

 家族と同じくらい心配だったのが、受け持ちの患者さんたちです。私は歯学研究科に所属していますが、内科医として、訪問診療を行ってきました。在宅患者さんのうち人工呼吸器をつけている方は、停電が命に関わります。お宅を訪ね、かき集めたガソリンを届けて、車から電氣をつないで機器を動かすなどしてしのぎました。

 歯学研究科に、震災で亡くなった方々の身元確認のために、歯科医師を派遣してほしいという要請が来ました。宮城県警から県の歯科医師会に依頼があり、大学院と大学病院の歯科部門も協力したのです。歯学研究科では震災3日後には体制を整え、のべ200名を超える歯科医師を派遣しました。歯科医師免許を持つ大学院生たちにも行ってもらったのですが、多数のご遺体の歯型を記録するという過酷な仕事です。PTSD(心的外傷後ストレス障害)が疑われる院生もいて、回復に尽くしました。

 東日本大震災では治療を受けた方だけでなく、避難所で過ごした方、自宅にとどまらざるを得なかった方、被災者を支援した方など、多くの方が健康を損ねました。医療機関や医療関係者も被災しています。災害医学の重要性については、私を含めて多くの関係者が認識し、備えてもいたつもりでした。しかしあれほどの災害に直面してみれば、平常時の想定や備えが足りなかったと言わざるを得ません。

 専門分野や国境を超えた研究者の連携をさらに進めようと、震災の翌年、東北大学に災害科学国際研究所が設置され、私もメンバーになりました。災害医学研究部門の8つの研究室のうち災害口腔(こうくう)科学を担当し、歯や口の中の健康問題から、より災害に強い社会を目指す研究に取り組んでいます。

高齢者の生活を震災前後で比較

interview40_non02-02 私は大学卒業後、内科医として病院に勤務した後、大学院で国際保健学を学び、主にアジアの開発途上国で調査研究を行いました。縁があって、博士課程の途中で国立感染症研究所に勤務することになります。病氣の感染が爆発的に広がってしまうアウトブレイクの専門家として、研究と医療体制の構築に携わりました。

 2001年からは研究員として米国のハーバード大学に1年間留学し、帰国後は厚生労働省に勤務して、多くの政策に関わることになりました。主に老人保健事業に携わり、介護予防の導入、介護保険施設の報酬改定などを担当、また高齢者に多い認知症やがんについて、国の取り組みを変更していく機会に恵まれました。当時、完全徹夜の翌日終電で帰るという過酷な日々が続きましたが、尊敬できる職員と皆で議論しながらエキサイティングな日々を送れたことは今でも財産になっています。

 東北大学に着任したのは2005年です。現在は大学院の歯学研究科、災害科学国際研究所の他に、スマートエイジング学際重点研究センターと東北メディカル・メガバンク機構にも属しています。

 こうした経歴もあって、宮城県など自治体の保健行政にも関わらせていただいています。中でも岩沼市とのご縁は深く、2008年からは共同で、介護予防プログラムの開発に取り組んできました。このプログラムは運動機能の向上、栄養の改善、口腔機能の向上などを組み合わせた「複合型」である点が特徴です。調理教室などを含むプログラムは、関係者の皆さんのおかげで高く評価され、現在では全国に広まっています。

 高齢者のケアでは、一人ひとりに向き合うことがもちろん大切です。しかし行政が予算や人員を割り当てるには、全体的・客観的なデータが欠かせません。2010年、私たちは岩沼市と共に、高齢者を対象とする大規模な調査を開始しました。当時全国の約30市町村が参加して行われていた「日本老年学的評価研究(JAGES)」というプロジェクトの一環です。

 自治体の高齢者ケア政策の基礎となる科学的知見を得ることが目的で、医学・疫学だけでなく経済学や地域計画学などの研究者も参加しています。調査は3年ごとに行われ、経年変化や自治体間の比較による、質の高いデータを得てきました。現在は研究機構が常設され、参加市町村は約40に増えています。

 中でも第1回の調査の翌年に震災が発生し、市域面積の48%が浸水するという大きな被害を受けた岩沼市のデータは、きわめて重要な意義を持つことになりました。この調査では要介護者を除く全ての高齢者について、生活と健康状態の関係を調べます。震災後の2013年と16年にも調査した結果、被災された方の生活が健康に及ぼす影響がデータで明らかになりました。米国の国立衛生研究所からも資金提供を受けられることになり、「岩沼プロジェクト」として現在も研究を継続中です。

絆の強化が災害に強い地域を作る

interview40_non02-03 「岩沼プロジェクト」で得られた知見のいくつかを、簡単にご紹介します。

 自宅に住めなくなった被災者は仮設住宅への転居を心待ちにしますが、入居先は公平性を保つため、抽選などで決められるのが一般的でした。しかし岩沼市では可能な限り、集落を維持した町内会単位で入居先を割り当てたのです。こうして「集団入居」した方は、抽選などで「ランダム入居」した方より、精神状態が良い人が2.5倍も多いことが分かりました。

 しかし、決して良い住環境とは言えない仮設住宅への入居者は、転居せずに済んだ人、みなし仮設や新居に転居した人に比べて、うつを発症するリスクが約2倍でした。家を失ったことだけでなく、仕事を失ったことや、震災直後に精神科を受診できなかったことも、症状を悪化させることが分かっています。

 一方、運動グループに参加したり歩いたりすることが、精神面の改善に好影響があるらしいというデータも得られました。特に運動グループへの参加は、体を動かすだけでなく、人とつながりを持つことの影響が大きいと考えられます。

 災害時に限らず、人が健康であるために最も大切なのは「ソーシャルキャピタル」です。直訳すれば「社会関係資本」ですが、私は一言で「絆(きずな)」と説明しています。平常時の絆こそが健康を保つためのカギであり、絆の強化こそが、災害に強い地域を作るのです。

 欧米では、たとえば英国が孤独問題担当大臣を新設しました。日本は、前例のない少子高齢化と人口減の時代に入っています。医療や福祉も、そして防災も、費用の抑制を目指すだけでなく、未来を見据え、時代に合った仕組みに転換していかなければなりません。

 厚労省は、地域包括ケアシステムの構築を進めています。認知症になるなどして要介護状態になっても、最後まで住み慣れた地域で暮らせるようにしようというものです。具体的には介護保険事業を通じて、医療・介護・予防・生活支援などの一体的な提供を目指しています。

 この地域包括ケアシステムを、災害時にも機能するように整備するべきだというのが私の考えです。こうした仕組みを通じて、地域共生社会を創造していくことが期待されています。また、そのためには従来の薬の処方に代わる新たな戦略が必要です。どのように孤独を防いで、楽しいことができるかを考えています。例えば皆で踊ったり、歌ったりするだけで痛みを感じにくくなるというエビデンスも出ています。薬の処方になぞらえて「社会的処方」と呼んでいます。病氣と治療法を追いかけてきた医学研究者たちの間にも、「人はどうすれば元氣になれるのか」という発想が広がってきました。市民の皆さんもわがこととして、私たち研究者と一緒に考えていただければ幸いです。

(取材=2018年11月9日/東北大学星陵キャンパス 歯学研究科 基礎研究棟5階 国際歯科保健学分野セミナー室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 歯学研究科 教授
東北大学災害科学国際研究所 教授
専門=公衆衛生学
小坂 健 先生

《プロフィール》(おさか・けん)1964年長野県生まれ。東北大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科修了。博士(医学)。病院勤務、国立感染症研究所主任研究官、ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員、厚生労働省老健局勤務を経て、2005年より現職。

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