研究者インタビュー

体操と微笑みが健康を作る

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避難所で身を縮めた夜

 2011年3月11日の地震発生時は、大学のステーションキャンパスにいました。大学のある国見地区の方々向けに、研究事業の報告会を行っていたのです。会場が8階だったこともあって揺れは大きく、天井の照明器具が落下したり、大きな壷が倒れて割れたりしました。

 私は12名の参加者の皆さんの安全に責任があります。「テーブルの下に入って頭を守ってください」と叫びましたが、四つんばいの姿勢でも体が勝手に動いていってしまうほどの揺れです。テーブルの下でお互いに手をつないで支え合いました。揺れが収まると職員の方が駆けつけてくださいましたが、停電でエレベーターは使えません。みんなで階段を下り、無事外に出ることができました。

 学生の安否確認などを終えてから帰宅しました。家の中はめちゃめちゃで、床はガラスの破片だらけです。息子たちと一緒に榴岡小学校に避難しましたが、仙台駅から近いこともあって大混雑し、横になって足を伸ばすこともできません。2夜を過ごした後、自宅に戻って片付けを始めました。

 石巻に単身赴任中だった夫とは、なかなか連絡が取れませんでした。震災以前には私の方が毎週石巻に通って夫の宿舎に泊まっていましたが、海と川に近く、しかも夫は当日、気仙沼に出張していたのです。連絡が取れたのは3日目で、岩手県経由で途中津波でやられた車を乗り捨て仙台にたどり着きました。当時のことを思い出すと、今でも涙が出そうになります。

 東北福祉大学に着任した2005年以来、私は研究だけでなく市民向けの介護予防事業に携わってきました。所属している「予防福祉健康増進推進室」は、健康増進プログラムの開発や地域貢献を事業の柱にしている大学の組織「社会貢献・地域連携センター」の中にあります。皆さんに大学に来ていただくだけでなく、私や学生の方から各地に出向いて、講座や体操指導を行ってきました。

 震災で大きな被害を受けた沿岸部は、まさに私たちが繰り返し訪れていた地域でした。震災後、大学から「先生はこれまでのつながりを生かして主体的に動いてください」と言っていただいたことには、本当に感謝しています。北は石巻市から南は山元町、さらには福島県浪江町までを駆け回り、お世話になっていた方々の安否を確かめるとともに、被災者支援に没頭しました。

 当時は道路が各地で遮断されていたため、石巻周辺を訪ねる際は夫の部屋を拠点にさせてもらいました。宿舎の1階は津波で浸水しましたが、3階だった夫の部屋は大きな被害がなかったのです。ただし夫も被災地復興事業で忙しく3か月間は互いに被災地へ出向く日々が続きました。

出会いが生んだロコモ予防体操

interview40_no01-02 避難所で狭さに苦しんだ自身の経験から、最も氣がかりだったのは、被災者のロコモティブシンドローム(運動器低下症候群)、略してロコモです。体を動かさないと関節や筋肉の機能が衰え、生活に必要な動作ができなくなったり転倒したりしてしまいます。特に高齢者は被災時でなくても、一日中家でテレビを見るような生活を続けただけで、立ち上がったり歩いたりが不自由になりかねません。

 ロコモティブシンドロームや、内臓脂肪が問題となるメタボリックシンドロームは、適切な運動を続けることで大きな予防効果が期待できます。私は「健康・体力づくり事業財団」が認定する健康運動指導士として、誰もが自分の心身の状態に合わせて、安全で効果的な運動を行えるようプログラムを作成したり、指導したりする仕事を続けてきました。

 特に玄米を詰めた布袋をダンベルとして用いる体操は、高齢者にも取り組みやすく効果が実感できると好評で、教室や体操の会が各地に広がっています。もちろん震災後も、避難所や仮設住宅の集会所で指導を行いました。

 また私は2005年に設立した、「健康応援・わくわく元気ネット」というNPO法人の理事長を務めています。これは健康づくり活動に取り組む仲間たちが、出会い、ネットワークを広げ、共に学び合う会です。研究機関や行政とも連携して、地域に貢献してきました。

 こうした活動で知り合った研究者、自治体職員、保健師さんらとの結びつきは、震災時にも大いに機能しました。関係する団体や個人が情報を交換することで、被災者ファーストの支援活動を展開することができたのです。被災者に高い評価をいただいたロコモ予防体操も、こうしたつながりから生まれました。

 まず、整形外科医である佐々木信之先生のアイデアに基づいて、神戸から被災者支援に来てくださった音楽家のリピート山中さんが「ロコもかしこもサビないで」という歌を作ってくださいました。コミカルな「ヨーデル食べ放題」というヒット曲もあるリピートさんは、健康増進ソングや、医療関係者や患者さんを励ます歌でも有名です。

 日本整形外科学会によるロコモのチェックポイントは、「片脚立ちで靴下が履けない」など7つ。歌詞にはこれが織り込まれ、歌を聞いた私が「これを体操にしましょう」と提案したのです。佐々木先生は大賛成してくださり、私が振り付けをしたロコモ予防体操が生まれました。歌詞を口ずさみながら片脚立ち運動やスクワットを行えば、楽しく足腰を鍛えることができます。

 被災地の方々に紹介すると大好評で、指導者役を買って出てくださる方も次々と現れました。作者である私たちは制作者として作品を拘束することなく皆さんの健康づくりのためであれば、自由に広めていただけます。インターネット動画でも見られますので、ぜひ活用してください。

つながりで災害に備える

interview40_no01-03 私は福島県で、教師である両親の下に生まれました。小さい時は親が勤める小さな小学校に隣接した宿舎に住んでいて、放課後も子どもたちが家に集まって来るような環境です。その中には心身に障害のある子もいましたが、私は氣にせず仲良く付き合っていました。

 親の影響もあって教員を目指してからは、障害者体育を専門的に勉強するようになります。器械体操やダンスには子どもの時から親しんでいましたが、私は優秀なスポーツ選手だったわけではありません。母校である日本女子体育大学では、みんなに付いていくのがやっとでした。しかしその経験が、誰もが取り組みやすいよう体操を考えたり指導したりする時に生きています。

 卒論では自閉症やてんかんの人向けの体育指導をテーマに選び、卒業後は学校ではなく精神科の病院に勤務しました。仕事をしながら勉強を続け、東京医科歯科大学の解剖学研究員として学んだり、東北福祉大学の大学院生を経て、今があります。

 運動の指導では、喜んで取り組んでいただけることが大切です。私は体操を考える時は遊び心を取り入れて工夫しますし、指導する時は自分が笑顔であるだけでなく、受講者の皆さんにも微笑みを交わし合うようお声がけしています。受講者の方々には「楽しい」「大学の先生とは思えない!?」とよく言われますし、保健師さんなど共に活動する方々からは、「先生を見ていると『やってあげなければ』という氣持ちになる」と言われています(笑)。

 実は、こうした親しい関係作りこそが、人が健康を保つ上で大きな意味を持っているのです。災害時に限らず、人が健康であるために最も大切なのは「ソーシャルキャピタル」に他なりません。直訳すれば「社会関係資本」ですが、私は「意識的に作るべき人のつながり、それが地域の財産」と説明しています。

 一人暮らしの高齢者がロコモにならないためには、本人が自ら体を動かす必要があります。しかしそれ以上に見守り、声をかける人の存在が欠かせません。また災害時には、避難所や仮設住宅でのコミュニティ作りが、健康の維持に決定的な役割を果たします。被災者一人ひとりの状況と個性に目を配り、聞き、話し、手に触れ、一緒に体を動かすための人間関係や仕組みは、平常時にこそ作っておく必要があるのです。

 今これをお読みの皆さんも、どうかつながりの大切さについて、ぜひあらためて考えてみてください。

(取材=2018年11月10日/東北福祉大学 仙台駅東口キャンパス地下1階 仙台元気塾にて)

研究者プロフィール

東北福祉大学 予防福祉健康増進推進室 特任准教授
専門=運動学・健康福祉学
鈴木 玲子 先生

《プロフィール》(すずき・れいこ)1957年福島県生まれ。日本女子体育大学体育学部卒業。東北福祉大学大学院修士課程修了。修士(社会福祉学)。病院勤務等を経て、2005年より東北福祉大学講師。2011年より現職。健康運動指導士。NPO法人「健康応援・わくわく元気ネット」理事長。

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