研究者インタビュー

日本食=健康食を世界に証明する

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東北大学大学院 農学研究科 准教授
専門=食品機能学・健康科学
都築 毅 先生

和食と日本食を区別する

 昨年(2017年)「日本食と健康研究会」を立ち上げました。会員は13名で、日本食が健康に与える好影響について、会の発足以前から共に研究してきた方々です。私は食べ物が体にどうはたらくのかを研究していますが、会には農学や栄養学だけでなく、医療、保健、生命科学など幅広い研究者が集まっています。また、大手食品メーカーや高齢者施設に食事を提供している企業など、民間の方もメンバーです。

 現在は農林水産省から資金を得て、研究と啓発活動を行っています。今年の3月と9月には仙台で、市民向けの公開講座を開催しました。来年度までは今の形で活動を続け、2020年度以降の新たな展開につなげたいと考えています。

 2013年には「和食;日本人の伝統的な食文化」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。貴重な文化財として国際的に認められたのです。ただし食文化としては5番目で、既にフランス、地中海、メキシコ、トルコの料理や伝統食が登録されていました。

 和食には長い歴史と独自性があり、健康に良いことも、日本人の平均寿命が世界のトップクラスであることから明らかです。しかし和食とは何か、という問いに答えるのは、実は簡単ではありません。外国人にとって和食の代表は寿司でしょうが、日本人が日常的に寿司を食べているわけではありません。

 和食が無形文化遺産に登録されたのは、多様で新鮮な食材、栄養バランスの良い献立、季節感の表現、年中行事との関わりなどの特徴が認められたからです。一方で日本人は、他国から取り入れたものをアレンジして生かすことにも優れています。洋食も中華も楽しむ多彩な食卓は、まさにその典型でしょう。

 私たち「日本食と健康研究会」では、伝統的な「和食」と実際に日本人が食べている「日本食」を区別して考えています。英語では前者をジャパニーズ・フード(food)、後者をジャパニーズ・ダイエット(diet)と表現するべきです。ダイエットとはこの場合減量することではなく、栄養素や健康への影響から見た食事を意味しています。戦後、日本人の平均寿命が延び続けて世界一を争うまでになったのは、実は「伝統的な和食」だけでなく、実際に食べている「多彩な日本食」が優れていたからなのです。

和食+洋食で日本人が健康長寿に

interview40_non02-02 日本人の平均寿命は延び続けていますが、一方で成人男性の肥満度は上昇傾向で、がん、心臓病、糖尿病などの生活習慣病も増え続けています。肥満度を示すBMIの数値を見ると、1975年頃の平均は理想的な22前後だったのに、2005年には24.4まで上がりました。BMIは体重(kg)を身長(m)で2回割った数値で、18.5以上25までが「普通」、25以上が「肥満」です。1975年には約17%だった成人男性における「肥満」の割合は、2005年は約30%にも達しています。

 1975年といえば終戦から30年が過ぎ、高度経済成長も経て栄養状態は良くなっています。肥満が少なかったのは食料事情によるのではなく、現代との食事内容の違いによるのです。国の調査によって、過去の日本人の平均的な献立はかなり詳しく知ることができます。1960年から15年ごとに、各年代の食事を比較してみましょう。

 1960年は今から見ると、ご飯の量が多く、おかずは主に野菜や魚でした。1975年になると食材の流通体制が充実し、冷蔵庫が普及したこともあって食卓が賑やかになります。家庭料理に洋食の献立が増え、たんぱく源はそれまで主だった魚に肉が加わりました。1990年になると、パンを主食とする洋食の割合がさらに高まります。一方で一人当たりのご飯の消費量は減り続け、2005年には1960年のおよそ半分になってしまいました。1990年以降は献立に大きな変化はありませんが、肉類や脂質の摂取量が増えて、カロリーは上昇傾向です。

 栄養素やカロリーを比べると、和食を基本に洋食が少し加わった「1975年型」のバランスの良さが際立ちます。1960年型はおかずの品数が少なく栄養に偏りがあり、塩分が多めでした。1990年型では献立が急速に欧米化し、和食ではほとんど使われてこなかった油を多く摂取しています。肥満や生活習慣病が増加したのは、その影響です。

 さてこうしたことは、科学的にどこまで証明できるでしょうか。個々の栄養素や食品が健康に与える影響を調べることに比べて、献立や食生活を総合的に評価することはたいへん困難です。しかし検査や評価の方法が進歩したこともあって、私たちは「1975年型の日本食」がきわめて優れていることを、科学的に証明することができました。

 1960年型から2005年型までの代表的な日本食の献立を再現して混ぜ、粉砕して乾燥させてマウスに与えました。内臓脂肪が一番少なくなるのは1975年型で、一番多いのは現代とほぼ同じ2005年型です。遺伝子を詳細に調べたところ、1975年型は最もストレス性が低く、糖質や脂質の代謝が活発化することも分かりました。寿命や健康への影響は明らかで、マウスの毛並みの良さや知能の高さにも、大きな差が認められたのです。

 次は人間で、28日間にわたる厳密な実験を行いました。その結果、やはり1975年頃の日本食は、現代食よりもはるかに健康に良いことが証明されたのです。人間の寿命は医療の発達など他の要素の影響も大きいため、単純に「1975年型の日本食なら長生きできる」とは言えません。しかし1975年型の日本食が、健康的なダイエットにも、がんや認知症や糖尿病の予防にも効果があることが証明されたのです。

2020年は日本食をアピールしよう

interview40_non02-03 東京五輪が開催される2020年は、健康的な日本食を、世界中からやって来る方々に実際に食べていただける大きなチャンスです。しかし日本食への国際的な知名度や関心は、決して高くはありません。世界的に健康食として有名なのは、実は「地中海料理」なのです。

 ヨーロッパでは経済力のある英国やドイツより、医療・福祉の充実で知られる北欧より、イタリアやスペインなど南欧諸国の方が平均寿命は長いのです。良質のオリーブ油を使い、野菜や魚を多く食べる地中海食は、健康・長寿食として、30年以上も前から世界中の研究者の関心を集め続けています。

 生活習慣病の多さと医療費の増大、平均寿命の短さに悩んできた米国も、食生活の改善は進めています。ところが「地中海食は優れているが、日本食はさらに優れている」という研究成果が発表されているのに、日本食への関心は高まっていません。日本食の研究が圧倒的に少ないからです。

 日本はどうかと言うと、私たちのプロジェクト以外に日本食の総合的な研究はほとんど行われていないのが実情です。私たちは現在も、実際にヒトで行うさらに詳しい実験などを進めています。しかし研究者の数も予算も地中海食研究とは比べものにならず、世界の論文の数で言うと千倍以上も違います。

 会では啓発活動にも取り組んでいますが、科学的な根拠を示しただけで食生活を改める人は少ないでしょう。しかし「少しずつ、いろんなものを食べる」よう心がけるだけでも、健康に好影響があることは確実です。皆さんに食を見直していただけるように、伝え方も工夫していきたいと思います。また会には、学校給食に和食を取り入れたり、和食の料理人に「食育」の授業をしてもらったりする活動に力を入れているメンバーもいます。子どもたちが食の知識と体験を深めることで、家庭の食卓や、将来の食生活が変わっていってほしいものです。

 日本を訪れる外国人の方々に、日本人が自信を持って日本食を説明し、すすめられるようになるのが私たちの願いです。また五輪と同じ年に開催される国際会議「栄養サミット」も、日本食を世界にアピールするチャンスです。そのためにも私たちは、健康的な日本食らしさの指標を「日本食スコア」としてまとめる作業に、来年の公表を目指して取り組んでいます。

 食でなくとも構いませんが、皆さんも、ぜひ興味を持ったテーマを学んでみてください。もちろん私たちの会が開催する公開講座へのご参加も、心からお待ちしています。

(取材=2018年8月6日/東北大学青葉山キャンパス 
農学系総合研究棟5階 食品化学教員研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 農学研究科 准教授
専門=食品機能学・健康科学
都築 毅 先生

《プロフィール》(つづき・つよし)1975年愛知県生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科 博士後期課程修了。博士(農学)。宮城大学食産業学部の助手、助教を経て、2008年から現職。著書・監修書に『東北大学日本食プロジェクト研究室の簡単いきいきレシピ 』、『スーパー和食 昭和50年の献立60』、『昭和50年の食事で、その腹は引っ込む なぜ1975年に日本人が家で食べていたものが理想なのか』など。

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