編集部だより

あめゆじゅ とてちて

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 Google Analyticsによると、現在までの「まなびのめ」Web版全コンテンツの中で、他を大きく引き離して断然閲覧されているのが、第17号にご登場の東北大学大学院文学研究科/東北大学方言研究センター教授(専攻=日本語学、方言研究)小林 隆 先生による「方言を調べると日本語の歴史が見えてくる」という記事です。方言の「これまで」と「これから」を大変興味深くお話されています。常時コンスタントに高い閲覧数を獲得している背景には一体何があるのだろうか、といつも思ってきました。
 私見ですが、その要因の一つには、NHKの朝の連続テレビ小説や大河ドラマで、日本各地様々な地方の方言が使われるので、それらについて調べたり、もっと詳しく知りたいという需要があるのではないかと思うのです。なにせ「じぇじぇじぇ」や「ゲゲゲ」が「流行語大賞」になるくらいですから。そう言えば、「だんだん」(出雲地方で「ありがとう」などの感謝の意を表す言葉)という方言ストレートのタイトルもありましたね。ほぼ毎日視るものでしょうから、自ずと方言に対する関心も高くなるのか知らん。
 今回方言のことに考えを巡らせていましたら、ほとんど中学・高校以来、絶えて思い出すことのなかったある一篇の詩を思い出しました。宮沢賢治の『永訣(えいけつ)の朝』です。病氣で瀕死の床に就いている妹「とし子」との永の別れを惜しみ、愛おしむ思いのたけを淡々と詠んだもので、出だしの2行がつとに有名です。
 
  けふのうちに
  とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
  みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
  (あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

 
以下( )の部分がとし子の言葉で、花巻地方の方言ではあるのでしょうが、宮城県北出身の私にも難解な部類です。一説には、「雨雪取ってきてちょうだい 賢治兄さん」と甘えている様子だといいます。この(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)を含む連が4回出てきます。また、
 
  わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
  みなれた ちやわんの この 藍のもやうにも
  もう けふ おまへは わかれてしまふ
  (Ora Orade Shitori egumo)

 
の部分、とし子の言葉は何故かローマ字になっています。「おら(私は) おらで(私で) しとり(一人で) えぐも(行くもん)」という意味なのでしょう。そして、
 
  (うまれで くるたて
      こんどは こたに わりやの ごとばかりで
        くるしまなあよに うまれてくる)

 
と、心の底からの述懐の言葉が最後の方に置かれています。東北の寒村、そのモノクロームの世界で揺らめいて触れ合う二つの魂に、私たちはもはや言葉もなく思いを馳せるのみです。
  

「まなびのめ」編集部 佐藤 曜

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