研究者インタビュー

子どもと一緒に保育を考える

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北欧の保育や子育て支援が教えてくれるもの

 仙台大学は、今年度から「子ども運動教育学科」を開設しました。期待通り子どもが大好きでスポーツが大好きという学生たちが集まってくれて、幼稚園教諭免許、保育士資格、幼児体育指導者資格取得などを目指して学んでいます。

 私が学科の開設準備のために赴任したのは昨年です。私も幼稚園教諭専修免許と保育士資格を持っており、幼稚園での勤務経験があります。現場を知ってさらに保育の理想を追究したいと思うようになり、大学院に進学して研究者になりました。

 現在、わが国では待機児童が大きな問題になっています。多くの自治体では認可保育所に入れない子どもたちが入所の順番を待っていて、主に母親が仕事を諦めたり控えたりしています。これはその地域や家庭だけの問題ではありません。日本の人口減少が進む中、将来にわたる労働力や経済力の問題でもあって、社会全体で解決に取り組む必要があります。

 もちろん、子どもを預けて働ければそれで良いということにはなりません。乳児や幼児が質の高い保育を受け、心身ともに健康に育つための施設や人員が必要です。日本では厚生労働省が管轄する児童福祉施設としての保育所と、文部科学省が管轄する教育機関としての幼稚園があります。

 2006年からは「認定こども園」が誕生しました。保育と幼児教育の両方を提供し、総合的な子育て支援を行う施設です。待機児童の解消だけでなく、社会全体で育児を支援し、子どもの成長を見守ろうという考えが背景にあります。しかし実際には施設の設置基準や人員確保などの問題から、保育園や幼稚園からの転換も新設も、期待されたほどには進んでいません。

 こうした難しい問題について考える場合、他国での取り組みを知ることが有益な場合があります。私の専門である比較保育は、それを研究する学問です。私はこれまで北欧のフィンランドやデンマークを20回以上訪ね、保育実践や子育て支援の実際を見ています。今年も8月から9月にかけて、留学する学生たちの引率と現地の視察を行いました。私は日本の保育や子育て支援の細やかさ、丁寧さ、温かさを素晴らしいと思っています。しかし私たちが今後目指すべき保育・子育て支援を考える際、北欧諸国の取り組みには多くのヒントがあるように思うのです。

日本の保育、北欧から見ると…

 フィンランドやデンマークでは、保育を希望する保護者は自治体に申請し、各自治体が子どもの入所先を確保する義務を負います。ですから、日本で問題となる待機児童という概念そのものがありません。国が制度を整えているため、地域間の格差もありません。性別を問わず働き、子育てをするのが当然で、それを国や地域社会で支える仕組みが機能しているのです。

 もちろん「高福祉高負担」と言われる通り北欧諸国の税金は高く、日本と単純に比較することはできません。しかし私は訪問を重ねる中で、北欧の優れた点を取り入れることは可能なのではないかと考えるようになりました。

フィンランドの保育室

 私が最も驚いたのは、子どもたちが自分の受けている保育について考え、また社会や政治について考え、それを言葉にしていたことです。フィンランドを例にとれば、0歳児から5歳児を受け入れる日本の保育所にあたる施設と、就学前の1年間に通う就学前クラスがあります。そうした施設の子どもたちの部屋は居心地のよさが重視されています。また壁面の装飾は、日本のような可愛らしい飾りだけではなく子どもたちにも理解できるように工夫して表現された、保育方針が掲示されています。

 また職員が学びの記録と評価をまとめた一人ずつのファイルが、保護者だけでなく子ども自身も見られるように置かれています。まだ文字が読めない子どもも自分が写っている写真を見て、職員や保護者に「なぜこの写真が選ばれたの?」と尋ね、そこから自分の保育について話し合ったり考えたりするのです。

 一方職員たちが集う部屋には、書類の山は見当たりません。リラックスできる椅子とテーブルが置かれていて、コーヒーや紅茶、お菓子を楽しみながら談笑できるよう配慮されているのです。職員室は、職員相互のコミュニケーションの場として重視されているからです。職員は高度な専門職として処遇され、一人当たりが受け持つ子どもの数はわずかに8人。以前は7人だったのが財政的な理由から8人に増えた時は、国民的な反対運動が起きたということでした。

 「あなたは日本で何人の子どもを見ていたの?」と聞かれ、「30人くらい」と答えたところ、「あなたは魔法使いね」あるいは「それは犯罪よ」と言われました。

 保育者の数が充実している北欧では一人ひとりの子どもにしっかり目を向けることができ、「保育者は子どもに話すのではなく、子どもと話すべきだ」という姿勢が徹底しています。集団行動ができるようになったり、指示に従うことができるようになることは、時には必要です。しかしフィンランドやデンマークでは、たとえば集合の指示に従わず、砂場の砂を不思議そうに観察している子どもがいたら、隣に保育者も共にしゃがみ込んで、一緒に不思議がり、子どもが納得するよう対話を重ねて集団行動に加わるよう促します。子ども自身が今学ぼうとしていることに目を向け、それを尊重し、記録して他の職員や保護者、本人と共有することで、主体的な成長を支援しようとしているのです。

日本でも充実しつつある子育て支援

 フィンランドには「ネウボラ」という、出産から育児までを切れ目なく支援する仕組みがあります。全ての自治体に設置され、国民は無料で利用が可能です。そこには日本の保健師のような職員がいて、その職員を中心に医療や福祉の専門家がネットワークを構築しています。妊娠の検診から、健康診断、保健指導、育児相談と、親は就学前まで何度もネウボラを利用し、その子と親を担当するのは、原則としてずっと同じ職員です。

 職員は家族に対して「何か悩みはありませんか?」とは聞かず、あえて雑談を持ちかけます。リラックスした中でこそ親の本音や、親も氣づいていない子どもの問題が浮かび上がってくるからです。これは面談の時間が、たっぷり1時間も確保されているから実現できることでもあります。職員はカウンセラーとコーディネーターの両方を兼ねていて、問題に氣づくと他の専門スタッフと連携して支援活動を開始するのです。

 また北欧では、育児は母親中心ではなく両親がするものだという認識が社会で共有されているため、ネウボラには家族そろって行くのが普通で、父親もその日は有給で休むことができます。女性は心身の大きな変化が避けられない妊娠も、出産も、授乳も、パートナーの男性に担ってもらうことはできません。加えて日本では、育児について男性より重い負担や責任を負っても、「母親だから当然」と見られがちです。男性も等しく負担と責任、そして子育ての喜びを担い、それを行政や社会が支援する北欧に、学ぶべきことは少なくないと思います。少子高齢化は全ての先進国に共通の課題ですが、北欧では一人の女性が生涯に出産する子どもの数の平均が、日本を上回って安定しています。

 日本でも北欧の出産・子育て支援に学ぼうという動きは広がりつつあって、そうした活動が地域の名を取って「○○版ネウボラ」と呼ばれることも少なくありません。子育て支援を柱とするまちづくりに力を入れる自治体も増えてきました。仙台大学がある柴田町や福島県の国見町もその一つで、私は研究とあわせて、そうした自治体のお手伝いもさせていただいています。

 今子育て中の方々には、まず「子育てという、複雑で難しい営みをしているご自分を認めてあげましょう」と申し上げたいです。周囲の方々も、どうか子育て中の方の状況を理解し、応援してあげてください。また、自治体や保育施設などの子育て支援メニューは以前より充実しつつありますから、情報を集めて、ぜひ利用してみましょう。

 北欧の人々は、国の施策や政治について語り合う際もとてもリラックスしています。対話を大切にし、良さそうであれば試してみて、課題が見つかればみんなで解決法を考えようという姿勢です。仕事でも地域社会でも家庭でも、効率よく成果を上げることばかり追求せず、日々の生活を楽しみ、余裕のある心地よさを味わうことを優先しています。私たちは、そうした生活の営みも参考にするべきかもしれません。

(取材=2017年8月8日/仙台大学LC棟2階 柴田研究室にて)

研究者プロフィール

仙台大学 体育学部子ども運動教育学科 准教授
専門=幼児教育学・比較保育
柴田千賀子 先生

《プロフィール》(しばた・ちかこ)1975年福島県生まれ。幼稚園教諭として勤務後、研究者に。福島大学大学院 人間発達文化研究科 修士課程修了。修士(教育学)。桜の聖母短期大学の講師、 准教授を経て、2016年より現職。著書に『子どもと共に育ちあうエピソード保育者論』『子どもの育ちを支える 保育内容総論』『転換期と向き合う デンマークの教育』(いずれも共著)など。

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