研究者インタビュー

植物の眠りを分子で解く

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マメ科植物は眠らないと死んでしまう

 「庭に植えた枝豆を夜見たら、葉がしおれていて驚いた。あわてて水をやったが良かっただろうか」というご相談をよく受けます。「枝豆はダイズの未熟なものを言い、夜は葉を閉じて眠るんです。水をやり過ぎると根腐れしますよ」が答えです。

 もちろん人間の睡眠と同一ではありませんが、ダイズに限らずマメ科植物のほとんどは、夜は葉を閉じ、まるで眠っているように見えます。オジギソウもマメ科で、日中でも人が触れたりすると葉を閉じるのは有名です。植物は動かない、と思っている方も多いかもしれません。しかし花が開閉したり太陽を追いかけたり、虫を捕らえて食べてしまうものがあったりと、植物は実によく動くのです。

 植物には筋肉などの仕組みがないのにどうやって動いているのか、そもそもなぜ動く必要があるのか。こうした謎に分子の面から迫ろうというのが、私の研究テーマです。

 植物が眠るような動きをすることを「就眠運動」と言い、ダイズやオジギソウだけでなく、ニセアカシア、アメリカネムノキのような大きな木まで、マメ科の植物のほとんどに見られます。植物は光合成をするから、人間と同じで暗くなれば眠り、明るくなれば起きるのだろう、と思うかもしれません。しかしこれらの植物は、光が入らない部屋にずっと入れておいても、ほぼ24時間周期で葉を開いたり閉じたりし続けるのです。これは1729年に、フランスの科学者ド・メランが初めてオジギソウで確認し、世界に衝撃を与えました。

 実は人間も睡眠・覚醒その他の生理現象を、光を遮断した環境でもほぼ24時間周期で繰り返すことが分かっています。生物が示すこうした変化を、概(おおむ)ね1日の周期であることから「概日性周期」と言いますが、生物の体内には時計のようなものが存在すると考える他はありません。これを生物時計とか体内時計と呼んでいます。

 典型的な睡眠はヒトをはじめとするほ乳類や鳥類に見られるだけで、動物の全てが眠るわけではありません。それなのになぜ植物のマメ科が「眠る」のでしょう。動物の睡眠では脳を休めたり記憶を整理したり、成長ホルモンで体をメンテナンスしていることが分かっています。ではマメ科植物にとっては、どんな意味があるのでしょう。

 私はこうした謎に、有機化学の方法でアプローチしています。多くのマメ科植物を観察し、成分を分析し、分子の組成を調べ、とうとう植物を眠らせる物質だけでなく、起こす物質もあることを解明しました。これを用いてマメ科植物を眠らせない実験をすると、それは枯れてしまいます。人間とマメ科植物は、眠らないと死んでしまうところまで同じだったのです。

三重の仕組みが就眠運動をもたらす

 動く植物、眠る植物は古くから人間の好奇心を刺激してきました。文字に残されているものとしては、紀元前400年頃、ギリシャのバーレーン島で、葉を閉じる植物を発見し、これをアレキサンダー大王に報告したものが最古です。

 19世紀のイギリスの博物学者ダーウィンは、『種の起原』を書いて生物進化の理論を唱えたことで有名です。晩年はマメ科や食虫植物など動く植物の研究に熱を入れ、『植物の運動力』という本にまとめました。彼は植物が葉を閉じるのは、夜間の低温から実を守るためではないかと考えましたが、この仮説は今では否定されています。

 有機化学の分野では、葉を開閉させる物質の特定に多くの人々が挑んできました。ドイツの研究者が「葉を閉じさせるホルモンを発見した」と発表したときは「先を越された!」と思いましたが、これは彼の勘違いでした。その物質は強い酸性で、刺激によって葉が閉じたのです。私たちは既に、何らかの中性の物質が葉を開閉させることまではつきとめていたので、すぐに誤りを指摘できました。

 その後、葉を閉じさせる物質と開かせる物質は別にあり、お互いに効果を打ち消し合っていることに氣づき、ついに酵素を特定することができました。こうした研究の結果、マメ科植物を眠らせないと枯れてしまうことや、就眠運動だけでなくハエトリソウのような食虫植物が動く仕組みについても解明が進んだのです。

 もちろん有機化学は、就眠運動を説明する方法の一つに過ぎません。先ほどマメ科の植物は光に関係なく葉を開閉すると言いましたが、太陽光が生物時計に影響していることは明らかで、マメ科植物は人間と同じように時差ボケします。飛行機で東西に大きく移動すると、就眠運動の周期が大きく乱れ、その土地の太陽の動きに合うまで時間がかかるのです。

 また葉が開いたり閉じたりする動きは、葉の付け根部分の細胞内の、水の圧力が変化することで起こることが分かっています。マメ科植物は細胞同士の連係プレーによって次々と葉を閉じますが、この仕組みは「イオンチャネル」という「イオンの通り道」を使って説明できるようになりました。細胞同士は電氣を帯びた原子や分子であるイオンをやり取りすることで情報を伝達し合います。光など外界からの刺激を受けると、その通り道が開いたり閉じたりして、細胞を膨らませたり縮ませたりしているのです。

 化学物質の働き、光による調節、イオンチャネルによる情報伝達。この三重の仕組みが、マメ科植物の就眠運動を生じさせているのです。

植物の不思議の研究はまだこれから

 しかし分かっているのはここまでです。植物は、なぜこれほど複雑なことをしてまで眠らなければならないのか。なぜマメ科植物はほとんど眠るのに、他の植物はほとんど眠らないのか。あるいは眠らないように見えるだけで、本当は何らかの意味で眠っているのか。さらには、概日性周期の基となっている生物時計の正体は何なのか。人間とマメ科植物の生物時計に共通点はあるのか無いのか。研究はまだこれからです。

 私たちの研究には、手間が大変かかります。たとえば植物図鑑には就眠運動の有無は記されていないので、研究を始めた当初は、就眠運動がどのマメ科植物にも起こるのかを確認するだけでも大変でした。マメ科は種類が多い上に、ダイズなどごく一部を除いて食用や観賞用に栽培されることはありません。いわば「雑草」なので、誰も育てていないし種も売っていないのです。東京で研究していた頃は、よく多摩川沿いで図鑑を片手にマメ科の植物を探し、採取して歩いていました。

 私たちのような基礎研究は、すぐに実用化に結びつくわけではありません。同じマメ科でも、葉を開閉させる物質は「属」によって異なります。ですから例えば、ダイズの生育を邪魔する他のマメ科植物を、眠らせずに枯らす農薬を開発するといった応用は可能です。しかし生産方法や費用対効果などの問題を解決して商品化するには多くの時間や資金がかかり、私自身はそうした研究に取り組むつもりはありません。

 近年は分子生物学が注目を浴び、遺伝子情報の解析が進んでいます。しかし例えば眠らないマメ科植物は、遺伝子組み換えでは作り出すことができません。植物の不思議な現象の解明には、分子生物学と有機化学の両方からトンネルを掘るようにして迫る必要があるのです。また入手しやすく育てやすい生物の研究だけでなく、例外と思われているおかしな植物のおかしな現象の研究にこそ、「宝」が潜んでいると思っています。

 オジギソウは触れると葉を閉じ、しばらくするとまた開きます。しかしこれを繰り返すと、だんだん閉じなくなってしまうのです。雨が降ると雨粒を感じて最初は葉を閉じますが、やがては降り続いていても葉を開きます。熱心に観察していれば氣づくはずですが、自分が育てている枝豆でさえ、毎晩葉が閉じていることに氣づく人は少ないのです。

 生物の研究では、よく見てよく考えることが最も大切で、これは小学生でも研究者でも変わりません。好奇心を持ち、常に「なぜだろう」と一歩踏み込んで考えることを習慣にすると、学びはさらに楽しいものになるのではないでしょうか。

(取材=2017年5月26日/東北大学青葉山キャンパス理学研究科合同C棟7階 有機化学第一教授室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 理学研究科 教授
専門=有機化学
上田 実 先生

《プロフィール》(うえだ・みのる)1965年愛知県生まれ。甲南大学理学部卒業。名古屋大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。慶應義塾大学理工学部にて助手・専任講師・助教授を経て、2004年より現職。

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