研究者インタビュー

眠れない悩みを持つ方々へ

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時間はあるのになぜか眠れない方

 睡眠と在宅看護の2つが、私の主な研究テーマです。今年の3月には「定年までに身につけたい眠りの極意」という、市民向け講座でお話をさせていただきました。最近「定年退職したらたっぷり眠ろうと思っていたのに、かえって眠れなくなってしまった」という方の受診が増えているように思ったからです。

 やはり反響は大きく1カ月も前に定員に達し、当日は定年を控えた方や、実際に定年後に眠りで悩んでいる方がたくさんお見えになりました。退職なさると、ほとんどの方は生活リズムが大きく変わってしまいます。今まで忙しかった分を取り戻そうと、夜は早くから寝床に入り、朝は遅くまで寝ているなど、長く寝床に入ることで長く眠ろうと思いがちですが、「よい眠り」にとっては逆効果です。むしろ、どうしても眠れない入眠困難、夜中に何度も目が覚めてしまう中途覚醒、まだ寝ていようと思っても起きてしまう早朝覚醒などに悩まされかねません。

 これらは「不眠症状」と呼ばれていますが、こうした自覚症状だけで「不眠症」と診断されることはありません。病院では脳波を検査するなどして睡眠を詳しく調べますが、そのようなデータによって不眠症と診断されることも、今はないのです。高血圧や糖尿病と違って不眠症に客観的な指標はなく、夜間の不眠症状に加えて、日中の注意集中力低下や、倦怠感があるなど、生活に支障があってそれが一定期間続く場合のみ診断されます。

 しかし自分は不眠症に違いない、薬を飲んででも眠らなければ体が参ってしまう、と悩んでおられる方の多くは、実はそうではありません。また、睡眠時間で言えば「8時間が標準」という話には根拠がありません。社会生活や体調に問題がない限り、自分にとっては十分な睡眠時間が確保できていると考えるべきなのです。車の運転中、大事な会議中、学校の試験中などに眠ってしまう方は睡眠が不足している可能性があります。

 定年退職によって生活リズムが変わってしまうなど、新しい環境や対人関係のストレスが不眠症状の引き金になることはあります。しかし原因とまでは言えません。たとえば寝床に入ってから考え事をしてしまう方は要注意で、心身が寝床を「眠る場所」ではなく「考える場所」だと学習してしまいます。逆に言えば「寝床は眠る場所」と学習するため、「体を休めたいだけの時は寝床以外の場所で横になる」「眠くない時は時間にかかわらず寝床に入らない」などを心がけると良いでしょう。

 入眠時のおすすめは、意識を呼吸に集中することです。たとえ悩み事や心配事があっても、寝床に入ったら自分の呼吸以外のことは考えないようにします。お腹に手を当て、呼吸によってお腹が膨らんだり引っ込んだりするのを感じながらリラックスします。呼吸は深くゆっくりと。私も毎晩実践しています。

不眠症以外の病氣を持つ方

 今は誤った思い込みによって、自ら眠りの悩みを抱え込んでしまっている方が多いと言わざるを得ません。厚生労働省は14年前、「健康づくりのための睡眠指針」を策定・発表しました。2014年には私も関わらせていただいて、その改定が行われています。その中に、正しい知識を身につけて睡眠の質を向上させるための「睡眠12箇条」が挙げられていますので、詳しくはインターネットなどを用いてぜひお読みください。(健康づくりのための睡眠指針2014

健康づくりのための睡眠指針2014 ~睡眠12箇条~

  1. 良い睡眠で、からだもこころも健康に。
  2. 適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
  3. 良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
  4. 睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
  5. 年齢や季節に応じて、ひるまの眠氣で困らない程度の睡眠を。
  6. 良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
  7. 若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
  8. 勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
  9. 熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
  10. 眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
  11. いつもと違う睡眠には、要注意。
  12. 眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。

 定年退職などで時間ができても、「眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない」が第10条です。世代別では、若年世代は夜更かしを避けて体内時計のリズムを保つ、勤労世代は仕事の能率アップのため毎日十分な睡眠をとって疲労を回復する、そして熟年世代は朝晩の行動にメリハリをつけ日中に適度な運動をする、となります。

 第2条の解説にあるのですが、アルコール、カフェイン、ニコチンも、睡眠の質を低下させます。中でもお酒は、コーヒー・紅茶やタバコと違って「飲むと眠れる」と思っている人が多いのですが、実は逆です。入眠困難や中途覚醒に悩んでいる方は、寝酒や晩酌をしばらく控えてみてはいかがでしょうか。

 看護や介護において、睡眠の適切な保健指導ができる人材の育成も課題です。私は昨年、「健康づくりのための睡眠指針2014」にもとづいて保健指導をするための、ハンドブックを作成しました。表やグラフを多用し、指導を行う側がまず深く理解した上で、分かりやすく説明・指導ができるようになっています。これもインターネットで公開中です。(健康づくりのための睡眠指針2014 ~睡眠12箇条~ に基づいた保健指導ハンドブック

 睡眠をめぐる問題は、不眠症や思い込みによる不眠症状だけではなく、不眠症以外にも睡眠時無呼吸症候群などの疾患があり、原因も治療法もさまざまです。これらをまとめて睡眠障害と呼んでいます。生活の中での改善が困難な場合は早めに、また自分で不眠症と決めつけずに医療機関に相談してください。

 睡眠時無呼吸症候群は中高年の男性に多く、単なるいびきだと思われていることもあります。実際には睡眠中に10秒以上も続く無呼吸を繰り返しており、浅い眠り、日中の眠氣、さらには高血圧などにつながりかねません。呼吸器科や耳鼻咽喉科を受診することで、特別なマスクをかけて眠るなどの治療が受けられます。

 また、うつ病の前兆として不眠症状が現れることもあります。自分では「眠れないだけ」と思いがちですが、精神科医による診断と治療が必要な場合がありますから注意が必要です。

夜も起きている必要がある方

 私は看護師として勤務した後、専業主婦を経て大学院で学びました。看護師は夜勤があるため、それこそ理想的な睡眠がとれないことがしばしばです。医療、警察、消防など、規則的な睡眠が難しい職業は少なくありません。こうした「夜も起きていなければならない方々」の睡眠の問題にも、私たちは向き合う必要があります。医療の枠組みだけでは解決できないことも多く、社会の仕組みまで拡げて考えなければならないのです。

 私が睡眠や在宅医療について研究しようと考えたのは大学院時代です。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という、原因不明で治療法が確立されていない難病の方のご自宅を訪ねたところ、「介護で眠れない」ご家族の存在に氣がついたのです。

 ALSは進行すると、筋肉が衰えて自発呼吸ができなくなります。のどを切開して人工呼吸器を付けざるを得ず、随時、氣管内の痰(たん)を吸引して取り除かなければなりません。吸引の頻度は人によって違い、夜間に何度も対応が必要な場合もあるのです。介護するご家族の深刻な睡眠の悩みを目の当たりにして、在宅医療のあり方を考えずにはいられませんでした。

 適切な医療がなされれば、ALSは直接的に生命を失うことはない病氣です。意識や認知機能にも問題がないため、入院よりも自宅での療養を希望する方は少なくありません。人工呼吸器のため発声はできませんが、他の方法で意思を伝え、仕事をすることも可能です。病状が安定している患者さんを長く入院させておくことはできないという、医療経済的な側面は確かにあります。しかし本人のQOL、つまり生活・人生の質の向上のためにも、自宅での療養という選択肢は必要なのです。

 一方、ご家族はALSの方の介護に加え、家事、育児、さらには仕事を抱えている場合も少なくありません。ご家族に対して医療や福祉ができることはきわめて限られます。制度作りや見直しのためには実証的なデータが必要で、これが私の主な研究テーマになったのです。

 2年ほど前からは医療と福祉を統合し、1カ所の施設で両方のサービスを提供する「看護小規模多機能居宅介護」が始まっています。従来の訪問看護・訪問介護・デイサービス・ショートステイが1つになったもので、今後はこの施設を利用しながら自宅で療養したり、最期を迎えたりする方が増えていくのではないでしょうか。仙台市内では現在数カ所が開設済みです。

 在宅看護は医療・看護の世界ではまだ新しい分野で、看護学のカリキュラムに「在宅看護論」が加わったのは1997年からです。日本はこれから、さらなる高齢化と人口減少が避けられません。高齢になっても病氣や生活の不自由があっても、本人が希望すれば住み慣れた家・地域で暮らし続けられる社会を目指す必要があります。睡眠の問題を入口に、皆さんにも在宅看護について関心を持ち、ご一緒に考えていただければ幸いです。

(取材=2017年5月29日/東北大学星陵キャンパス医学部保健学科D棟2階 老年・在宅看護学分野会議室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 医学系研究科 教授
専門=在宅看護学
尾﨑 章子 先生

《プロフィール》(おざき・あきこ)福島県生まれ。千葉大学看護学部卒業後、看護師として病院に勤務。退職後に専業主婦を経て、東京医科歯科大学大学院 医学系研究科 博士後期課程修了。博士(看護学)。国立精神・神経センター精神保健研究所の研究員を経て、東邦大学医学部准教授、看護学部教授。2015年より現職。

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