研究者インタビュー

音楽と医学と工学が出会うところ

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「音楽で健康に」を解き明かす

 私は音楽が大好きで、アマチュアオーケストラでチェロを弾いています。オーボエも吹くし、学生時代には指揮もしたことがある。演奏会は緊張しますし練習も大変ですが、実は私のような音楽好きにとっては、楽器演奏こそが最高の健康法なのです。
 例えば管楽器を上手に吹こうとするうちに、自然と腹式呼吸が身につき、呼吸機能が高まります。肺炎をはじめとする呼吸器系の疾患を遠ざけるだけでなく、楽器演奏は視覚・聴覚・運動機能などを総動員しますから、脳も活性化されるのです。音楽が好きであれば、団塊の世代から上の方にも無理なく始められるはず。本格的でなくとも、かつて学校で習ったハーモニカやリコーダーで良い音が出せるよう練習するだけで効果があるんです。
 弦楽器なら弦を押さえたり弓を動かすことで微妙な感覚が呼び覚まされますし、打楽器なら、和太鼓を力一杯叩いたり電子ドラムを楽しんだりすればとても良い運動になります。この「音楽健康法」が何より素晴らしいのは、好きで続けられるところ。どんなに効果がある健康法でも、長く続けられないのでは意味がありません。もちろん歌うことや音楽を聴くことも良いのですが、私としては、ぜひ楽器の演奏をお勧めしたいですね。
 今年の9月、こうした内容を『音楽でウェルネスを手に入れる』という本にまとめたところ、多くの方に喜んでいただきました。私は研究者であると同時に医師であり音楽愛好家ですから、本当にうれしく思っています。
 東北大学病院には、私が室長を務める音楽療法室があります。音楽療法士の方々と共に、小児科、心療内科、肢体不自由リハビリテーション科、そして終末期医療に関わる緩和医療科の先生方がご紹介くださる患者さん方に、医療としての音楽療法を提供するもので、大学病院では全国でもここだけです。
 また私は、東北大学大学院の医学系研究科に音楽大学の卒業生を受け入れ、音楽療法の研究と教育に取り組んでいます。院生たちの向学心は高く、人体解剖実習に挑んだり、医学的な研究手法を身につけるなどして、まだ日本では普及していないこの分野を究めようと頑張っています。

領域を越えて未開の分野に挑む

 一方、私の今のメインの仕事場は「東北大学未来科学技術共同研究センター」です。産学連携を目的として開設されたこの施設で、私はヤマハ株式会社さんの協力を得て、音楽音響医学という新たな学問分野を創製しようとしています。
 病院の音環境改善は重要なテーマの一つで、例えば重症病棟には現在さまざまな機器が並んでおり、常にアラーム音や医療スタッフが動き回る音が響いている。患者さんにとってこうした環境はどうなのかという研究に、今度文部科学省の予算がつきました。研究は、耳の部分にマイクを仕込んだ特殊なマネキンを使って患者さんの聞こえ方を調べることから始まりますから、具体的な成果が出るのはまだ先になりますが、これからの病院のあり方を考える上で必要な研究だと思っています。
 他にも、身体の不自由な方や高齢者のための楽器の開発などにも取り組んでおり、音楽と医学と工学という、今まではなかなか触れ合うことのなかった3つの分野が交わるところにある可能性を探ることに喜びを感じています。元々私は、既存の枠にはまるのが好きではなく、まだ他人が手をつけていないことにファイトを燃やすタイプのようです。
 実は音楽療法士も、日本音楽療法学会の認定資格であって、国家資格にはなっていません。医療保険や介護保険の対象ではないため、医療や福祉の現場では、ほとんど正規の仕事として認められていないのです。しかし制度ができるのを待つだけでは、制度はできません。実際的な研究を行い、実績を積み上げることを、誰かがやらなければならない。誰もそれをやらないのであれば自分がやる、というのが私の学問研究のスタンスなのです。
 振り返れば、私は高校卒業時には工学部を受験して失敗し、浪人して医学部に進みました。どちらの学問分野にも同じくらい思い入れがあった私は、大学卒業時にも迷った末に、機能的電氣刺激を研究するため解剖学教室に進みました。コンピュータ制御による電氣刺激でリハビリテーションを行うという、当時の最先端分野に興味を持ったのです。
 臨床医にという氣持ちもあったのですが、これは後に内科医やリハビリテーション専門医として働くことで叶いました。自分の希望を明確に描き、それを持ち続ければ、やがては出会いや機会が得られるのではないでしょうか。私の場合、今ではずっと趣味にしてきた音楽をも研究対象とすることができるようになり、3つの拠点を忙しく巡りながらも大きな充実感を味わっています。

最初から一番好きなことを学ぶ

市民の皆さんが学ぶ際には、時間や環境をはじめ様々な制約があるかもしれません。しかしそうした学ぶ氣持ちを、私は心から応援したいと思います。
 
学びに最も大切なもの、それは好奇心です。モチベーションが低くては、どんなことも続きません。音楽が好きなら音楽で健康増進を図るのが良いように、自分が面白いと思えることを学び究めるべきでしょう。学問・研究でも「しなければならない」ではなく「楽しむ」ことが大事なのです。
 
「初歩や基礎から始めて徐々に」などと考える必要もありません。自分の興味があることに一直線に向かって行き、そのために必要なことが出て来たら、それは後から学べば良いのです。これも音楽によく似ていて、自分の演奏したい曲があるなら、最初からそれにチャレンジするべきです。そんなことは許さない、という指導者なら、指導者を替えてしまいましょう。
  私たちは限られた生を生きています。やりたいことは、やりたいと思っているときにやるのが一番良いのです。そして、結果ではなく過程そのものを楽しめば良いのです。私自身、今から数年前に自分ではどうすることもできない試練に見舞われました。

落ち込みもしましたが、一方で「自分のしたいと思っていることに踏み出すことをためらっていてはいけない」という氣持ちになることができました。
  近年大学や研究者は、研究成果を市民に公開し、地域社会に貢献しようとしています。私も今年4月には、仙台市内で「科学と音楽のレゾナンス」という催し(JSTプラザ宮城科学技術理解増進イベント)で「音楽とウェルネス」の題で講演させていただきました。このときはプロの音楽家による演奏も行われたのですが、ピアニストの方が子どもたちのためにピアノ線の上に大量のピンポン球を置き、演奏と同時にそれが跳ねるようすを披露するなど楽しい時間になりました。私もこうした機会に、学ぶことに関心を持つ市民の皆さんと触れ合いたいと思いますし、著書を通じて私の仕事が皆さんのお役に立ったり励ましになるのもこの上ない喜びです。
 
やりたいことを持つ人が増えれば、それは社会のエネルギーにもなります。特に団塊の世代の方々には、「老後」という言葉は似合いません。ぜひ、学ぶことを楽しんでいただければと願っています。

(取材=2007年10月29日/東北大学医学部1号館「音楽音響医学分野研究室」にて) 

研究者プロフィール

東北大学未来科学技術共同研究センター 音楽音響医学創製分野 教授/東北大学大学院医学系研究科 音楽音響医学分野 教授/東北大学病院 音楽療法室 室長
市江 雅芳 先生

(いちえ・まさよし)1956年長野県長野市生まれ。信州大学医学部医学科卒業。信州大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。東北大学大学院医学系研究科 運動機能再建学分野教授、東北大学病院運動機能再建リハビリテーション科科長等を経て、2004年より現職。リハビリテーション科専門医。

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