研究者インタビュー

“母乳”から考えはじめた「健康と環境」

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環境の専門知識を持つ若者を育てる

 私が籍を置いている生活環境学科は、時代の要請に応えて昨年度設置されました。かつての環境問題は特定の発生源が存在するケースがほとんどでしたが、現在では、私たちの日常生活から排出される物質が環境に大きな負荷を与えています。環境の悪化に歯止めをかけるためには、そのメカニズムを追求するだけでなく、自らの生活を改める必要があるのです。

 私たちの便利で豊かな生活は、地球温暖化をはじめ様々な環境問題を引き起こし、その影響が異常氣象などとして大きな被害として自分たちに戻ってきます。私たちは、自分が被害者であると同時に加害者にもなってしまっていることを自覚しなければなりません。しかし、そのことは自覚しにくいのも事実です。環境問題をいろいろな角度から広く勉強し、自分たちの問題として解決法を考えるためのツールとして「eco検定」(東京商工会議所)があります。そこで、私の学科では、学生たちに受検するよう指導しています。

 今社会では、環境問題について正確な知識を持ち、率先してその解決に取り組むことのできる人材、そして環境と経済が両立しうる「持続可能な社会」づくりに貢献できる人材が求められています。私たちは、まさにそうした若者たちを育成しようとしているのです。

暮らしの中には環境汚染物質がいっぱい

 研究面では、私は、環境と健康の関わりを研究する環境医学を専攻しています。臨床環境医学会に所属しており、アレルギー疾患、シックハウス症候群・化学物質過敏症などの健康障害の発症要因などの研究をしています。

 花粉症患者は、この20年間で7倍に増えたと言われています。アレルギーは遺伝要因と環境要因が大きいと言われていますが、遺伝要因が短時間で変化するはずがありませんので、環境要因が大きいと考えざるをえません。どんな環境要因でしょうか?“花粉症の有症率は杉の木が多い田舎より、都会の方が高い”という事実が一つのヒントになります。車の排ガス汚染、ストレス、残留農薬や食品添加物などの食品汚染などいろいろの要因が複雑に影響しあって杉花粉症を発症しやすくすると考えられています。従って杉花粉症を治すためには、杉花粉を避けるだけでなく、生活環境を改善し、規則正しい生活をして免疫力を高めることも大事です。

 人の体には、異物に対する許容量があります。コップをイメージしていただければ分かりやすいのですが、その大きさは人それぞれです。体に良くないものがたまって限界に達しているところに、季節が巡って杉花粉が加わることで発症しやすいのです。

 まずは、有害と思われる環境要因を一つ一つ生活から取り除いていくことが大切だと言うことができます。

 このように、環境問題は地球規模の大きな問題であると同時に、衣食住という日々の暮らしの問題でもあるのです。衣服について言えば、私たちの学科の学生たちは、たとえば親がもう着なくなった洋服に手を入れてリサイクルファッションを楽しむという授業を通じて、限りある資源を大切にすることの意味を学びます。

 住居についてはどうでしょう。私は、建材などに含まれるホルムアルデヒドなどの化学物質が、住む人の健康障害を起こす「シックハウス症候群」の問題に長く携わってきました。シックハウス症候群の発症要因は必ずしも建材ばかりでなく、シロアリ駆除剤、芳香剤、農薬・殺虫剤などさまざまな身近な化学物質が微量で影響すると考えられています。

 「シックハウス症候群」は2年前からは検査や治療に健康保険の適用を受けられるようになりました。ただし、医師が診断するためのマニュアルはまだ確立していません。そこで、厚生労働省では「シックハウス病態解明研究検討委員会」を発足させ、今年度中に作成する予定です。私はその検討委員会の一員としてマニュアルづくりを行っている最中です。

 それでも、家を新築する際にコストだけでなく環境や健康のことを考えて少し高くても安全な素材を選んだり、省エネに配慮した住宅を選択する人は確実に増えています。特に、女性が情報を集めて行動するようになったのはうれしいことです。一般に、男性は経済性や効率性を最優先する傾向がありますが、女性は経済性より、環境や子どもの健康の方を優先に考える人が多いです。私も、アトピー性皮膚炎で苦しんでいる孫のためにも、できることをしたいと強く思います。そこで、これからも女性の視点、生活者の視点で研究を進め、発言していきたいと考えています。

興味・関心が「学び」の入り口

 私は、東北大学の職場保育所に子供をあずけ、昼休みは子どもに母乳をやりに行きながら、苦労して二人の子どもを母乳で育てました。大変でしたがそれをやりぬきました。それは母乳は子どもの発育にとってかけがいのないものだとの信念があったからです。“その母乳がダイオキシン汚染されているから、ミルクに変えよう”といった声が起こった時、“その解決はおかしい”と、『よくわかる環境ホルモンの話』(合同出版)という本を出版しました。本の反響は大きく、私は青森から岡山まで全国約50地域の250カ所から講演に呼ばれました。

 多くの女性が、自分の子供の健康を案じ、一般の方にはなじみのない環境ホルモンという専門用語を懸命に理解しようとする姿に、強く胸をうたれたことを思い出します。10年前のことです。しかし、問題は解決していないのに、今では、環境ホルモンという言葉さえ、忘れ去られています。これでいいのでしょうか?

 環境問題が叫ばれる今の時代の子育てに大きな不安を抱いていらっしゃるかもしれません。ことに、これから出産する方や小さなお子さんがいらっしゃる方や子どもにアレルギー症状が出ているような場合は、なおのことです。

もしも私がそうした方から相談を受けたら、「ご自分が悩んだり関心を持っていることから逃げず、本を読んだり、講演会に出席するなどして勉強して、問題解決のために何ができるか考え、できることから実行なさってみてください」とお答えしたいと思います。環境問題の解決は、「こうしなければならない」「こうするべきだ」ということはありません。例えば買い物の際に不要な包装を断ることも、大きく考えればゴミを出さないことで環境への負荷を減らし、環境汚染を減らし、ご自分のお子さんの健康を守ることにつながると思います。

 食生活では、表示をみて、できるだけ着色料や添加物の入らない食品を選ぶこと。地産地消、旬のものをおいしくいただくこと。必要のないものを買わないこと。自動車にばかり乗らず、自転車に乗ったり歩くこと、歩けば、バス代も節約できるし、四季折々の草花を楽しめます。環境問題解決は楽しいことも多いのです。肩の力を抜いて、無理なく、楽しみながら少しずつ自分の生活と価値観を地球にやさしくなるように転換することができれば、その分だけ間違いなく環境問題の解決に近づくことになるのです。

(取材=2008年5月30日/尚絅学院大学1号館 北條研究室にて)

研究者プロフィール

尚絅学院大学総合人間科学部生活環境学科教授 専攻・環境医学
北條 祥子 先生

(ほうじょう・さちこ)長野県生まれ。1967年、東北大学医学部薬学科卒業後、東北大学で生化学・免疫学の研究・教育に従事、その間、米国国立衛生研究所(NIH)に留学。1993年尚絅女学院短期大学教授(2003年より尚絅学院大学)。医学博士。歯学博士。東京大学大学院医学系研究科客員研究員兼任。

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