研究者インタビュー

知ってるようで意外に知らない「食」のこと

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味覚調査から見えてくるもの

 今、安全性や自給率など私たちの食が危機的状況にあるという認識が広まっています。その割に、食に関する科学的知識の普及は遅れていると言わざるを得ません。 

 人は一生の間に、およそご飯を11万杯、6,000kgほども食べます。小麦は2,600kg、肉類は2,200kgで牛6頭分、…と足していくと、何と全部で70tにもなります。自分の体重の一千倍も食べると分かれば、もっと食べものに関心を持ち、正しい知識を持とうと思っていただけるのではないでしょうか。

 食に関する誤解も少なくなく、たとえば甘味は舌の先で感じるなどの「味覚地図」は、現在では否定されています。私は宮城大学で学生たちと「味覚研究会」を作り、甘味、塩味、酸味、苦味、旨うま味みを、どんなレベルで感じ分けることができるかを調べる大規模な味覚調査に取り組んでいます。

 2,000人を超えるサンプルから浮かび上がってきたのは、現代人がそれぞれの年代で問題を抱えているということです。まず幼年期ですが、子どもたちは甘味の感度が良くありません。甘いおやつの与え過ぎで、強い甘さでないと感じられなくなっているのです。生活習慣病の予備軍とも言うべきこの事態を解決するには、甘味に頼らないおやつの提供が必要です。

 次に青年期で、これは学生たちがまさにそうなのですが、酸っぱいものや苦いものを「おいしい」と感じることができません。これは酸味や苦味に慣れる機会がなかったからです。味覚の世界が狭く、微妙な味を楽しむことができない若者が増えています。

 そして壮年期以降は、塩味と旨味の区別がつきにくい人が多いのが問題です。旨味と錯覚して塩味を摂りすぎ、生活習慣病を招いてしまいます。現在の日本人の死亡原因は、生活習慣病に起因するものが64.8%を占めています。生活習慣病の予防策のほとんどは食生活に関する事項です。健康で長生きしたいと思うならば、ぜひ食事のあり方を正すことから始めるべきです。

 味覚を鍛え、食をより豊かに味わうためには、味の薄いもの、多種多様な食品を食べることが必要です。その意味でも、私は和食を礼らい賛さんしたいと思います。欧米の食事は肉、パン、イモ類が主で、食材の種類はおよそ2,000種ですが、日本では1万2,000種類にも上ります。日本人の鮮度志向が強いこと、そして主食であるごはんが、おかずとあわせて食べることで「口中調味」を行うという特徴があることが、種類の多さの理由として挙げられるでしょう。

食農連携と食育で地域を豊かに

 宮城県は「食材王国」というキャッチフレーズを掲げていますが、米作りをはじめ農業が盛んというイメージをお持ちの方が多いでしょう。しかし金額で見れば、農林水産業のうち農林業の2,100億円が全国18位であるのに対して、水産業の900億円は全国4位です。他の都道府県から見れば、宮城の特徴はむしろ「水産県」なのです。

 地域についても、このようにイメージだけでなく数字で考える必要があります。宮城県で農林水産業が盛んなことは確かに誇るべきことです。しかし日本の農林水産業が年間10兆円規模であるのに対し、食品産業の規模は90兆円近くに上ります。内訳は食品加工業が34兆円、食品流通業が29兆円、外食産業が25兆円というのがおおよそです。この90兆円のうち、宮城県は全国12位の、わずか6,400億円を担っているに過ぎません。食材を生産する力はあっても、加工、流通、調理・提供という仕事を大都市圏に委ねることで、2兆円ほど損をしていると言えるのです。宮城県は食農連携を進めることで、もっと豊かな地域を作り出すことができます。

 地域でとれた生産物を地域で消費しよう、という「地産地消」の考えは、この意味でも大切です。しかし、ただスローガンを掲げたり強制したりするだけでは、なかなかうまく行きません。
 私自身は地場産品や国産の食材を積極的に用いる飲食店に、赤提ちょう灯ちんならぬ緑提灯を掲げようという運動に関わってきました。このような、ちょっとした遊びが あった方が、広がりが期待できるのではないでしょうか。
 2005年6月、食育基本法が成立しました。前文に「食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付ける」とあります。また食育を市民運動として推進するための「食育推進計画」を策定し、実施することが都道府県、市町村ごとに求められています。
 昨年3月「仙台市食育推進計画」が策定され、私は食育推進会議の会長としてその作成にあたりました。計画期間は昨年から2010年までで、おもな対象は子どもたちです。「作ろう 食べよう 朝ごはん」「和食の良さを 見直しましょう」という2つの行動目標を掲げて、現在は計画実施の推進にあたっています。地域の将来像づくりと同様、食育も具体的な数字で教えながら進めていきたいと考えています。

 農林水産業と食品産業をつなぐのは、消費者です。もっと言えば消費者の味覚です。また、子どもたちが本当の意味で食の豊かさを味わいつつ成長するためにも、味覚の問題は重要です。食農連携も食育も、「おいしい」という言葉の中にこそ成功のカギがあると考えて研究を続けています。

豊かな「食」は学びから

 幼少時、私は海のそば、塩竈市は北浜で育ちました。父の転勤にともなって引っ越しを繰り返し、通町小、三条中、仙台二高を卒業して東北大学農学部に進みました。

 味に興味を持ち、自分で料理をするようになったのは、若い頃から登山が趣味だったからです。冬山にも岩にも一人で登ることが多かったので、自分の食事は自分で調理するほかはありません。限られた食材と調理器具で、おいしく飽きずに食べようとして、素材の味を活かす工夫を重ねました。そこから研究の道へと進み、今では趣味も「食べ歩き」です。宮城大学に赴任した当初の一年半は単身赴任せざるを得なかったため、朝晩はもちろん、昼に食べる弁当も自分で作っていました。

 こちらに来るまで理事長を務めていた食品総合研究所は、味覚に関する検査法の開発に取り組み、人間が脳の前頭野で味わっていることを世界で初めて明らかにしました。食べるときは右脳も左脳も一度にはたらいていることなど、研究成果を分かりやすい形で市民に伝え、子どもたちの食育にも役立てたいというのが私の希望です。

 一方、市民の皆さんにはもっと熱心に食について学んでいただきたいと願っています。今はインターネットを活用することで、求めている情報を手に入れることが容易になりました。特に、農林水産省や厚生労働省のサイトには信頼できる最新の情報が掲載されています。私自身、農林水産省に勤務していた頃は、隠すよりも開示した方が不安や苦情は減るという考えから、積極的な情報開示を心がけていました。

 「食のリスク・ゼロ」はありえません。ぜひ皆さんには知識を得ることで「食のリスク管理」をしていただきたいと思います。私たちは食に、おいしさや安さ、安全性などさまざまなものを求めます。しかし価格については、農薬や保存料を避けて地場産品や無農薬の食品を求めれば、その分労働力を注ぎ込まなければなりませんから高くなるのが当然なのです。私は食料は、「安価から適価へ」と変わるべきだと思っています。

 私は市民の皆さんに講演する機会も多いのですが、正直に申し上げて、東京・茨城で経験した講演会等に比べ、仙台、宮城では参加者が少ないと感じます。宮城大学の食産業学部には、食の各分野の第一人者がそろっています。地域の人材、人的資源を積極的に活用して、本当の意味で「豊かな食に恵まれた地域」を作り上げられるよう、学んでいただければと思います。

(取材=2008年8月26日/宮城大学太白キャンパス北棟・鈴木研究室にて)

研究者プロフィール

宮城大学食産業学部フードビジネス学科教授 専攻・食品分析化学
鈴木 建夫 先生

(すずき・たてお)1943年、仙台市生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学大学院修士課程修了。農学博士。農林水産省研究開発課長、食品総合研究所所長(独立行政法人化により理事長)などを経て、2004年より現職。和食派で、自分専用の包丁やフライパンを用いて調理を楽しむ。

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