研究者インタビュー

“食べ方”は“生き方”をあらわす

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日本食が学習・記憶・判断力を高める

 私は10年ほど前から、食べ物と精神活動の関わりについて調べております。食生活の欧米化が身体の健康に及ぼす影響については研究が重ねられてきましたが、精神活動に及ぼす影響については実証的データの入手法に限界があったため、研究が遅れておりました。けれども近年、脳機能を計測する機器の開発が急速に進歩し、これまで入手が困難であった情報が得られるようになりました。脳のどの位置で活動が行われるかを把握する機能や、時間の経過に伴う脳活動の変化を細かく把握する機能を持つ機器によって、さらには実験目的に合った、痛みや出血などを伴わないように計測時のストレスを除く方法を導入することによって、ヒトの精神活動と食物摂取の関わりを実証的に明らかにする研究が可能になってきたのです。
 こうした脳機能の実験結果から、日本の伝統的食材の成分がヒトの脳活動の高次機能とされる学習や記憶、さらには判断力を要する作業成績に好影響を及ぼすことが分かってきました。前頭前野といわれるおでこ部分の脳血液を過剰に集めることなく、鎮静的な状態でいろいろな課題をこなせる上に、誤答が減ることなどが明らかになったのです。
 その成分とは、例えば玉露茶の特徴的成分であるテアニン、大豆タンパク質の酵素分解物のペプチド(味噌や納豆などの大豆発酵食品に含まれます)、大豆のリン脂質であるレシチン、魚の脂質の特徴的脂肪酸であるドコサヘキサエン酸などです。ドコサヘキサエン酸の場合は1日1食の魚食を3ヶ月続ける必要がありますが、テアニンや大豆ペプチド、大豆レシチンは食後30分程度で効果が現れます。
 さらにこれらは、ヒトの心的状態を改善したり、ストレスの軽減にも役立つことが分かりました。ところが調査をしてみますと若年世代は大豆などの豆類、根菜類、海藻、魚、緑茶などの日本の伝統的食材をあまり摂取していません。POMS(Profile of Mood States)というテストでチェックしたところ、このような食材を摂取していない場合は、怒り-敵意、抑うつ-落ち込みという項目の点数が高くなる傾向にあることが分かりました。
 私は味に対する脳の応答についても調べていますが、五味別の調理品を摂取することは脳の応答を明瞭にすることが分かりました。この意味で一皿ものの献立を反復することには問題があり、主食、主菜、副菜、汁物などが揃った日本型の食事スタイルは、脳活動に対して有効であることがうかがえました。
 また味付けは、薄味である場合にリラクゼーション効果が現れることも分かりました。さらに味のある液体を口にした場合よりも、無味の水を口にした場合の方が脳はリラックス状態を呈するという意外な事実も明らかになりました。ヒトはおいしい水を、本来的に欲しているのです。

日本の料理法を学んで変わる大学生たち

 2005年には食育基本法が施行され、翌年度には都道府県レベルでの食育推進計画が策定されるに至りました。すでに保育・幼児教育の場、学校給食の場などで具体的な取り組みがなされています。しかし高等教育の場においてはその着手・進展が遅れており、青年期における健康の自己管理能力は低下の一途を辿っているのが現状です。
 本学学生も例外ではなく、特に自炊学生の食生活の乱れとそれに伴う心身の不調はかねてから課題となってきました。本学学生の場合は、他者の生命や生き方をサポートする職務に就くことが多く、健康の自己管理能力の不備は、職務遂行上の妨げとなるばかりか、福祉の本来的目的である人の幸福の創成が困難になってしまうものと危惧されます。また、大学生は近い将来、人の親になる年齢にあり、学生のうちに適切な食育による健康増進のための力を養っておく必要があります。そこで本学では、地域社会との連携のもとで、食を取り巻く環境に学生自らが着目できるよう「健康の自己管理能力を養う食育支援プログラム」に取り組んでいます。自己の改善点を見出させ、望ましい食生活実践を通して自己の健康管理能力を確たるものにさせること、この能力を福祉実践の場に活用できるようにすることが目標です。ここで言う健康管理能力とは体、心、社会的な面、精神の全てにおいてバランスのとれた快適な状態を創出する能力を意味し、この中には豊かな食の感性も含まれます。
 多元的な食育実践プログラムを提示することは、学生にとって、「健康の自己管理能力」を育むために、自分に適した門をくぐる可能性を高めます。いろいろな門をくぐっても最終的に行き着くところは「食の営みの自立」です。これが達成されて初めて「生きる力」が確かなものになるでしょう。青年期の大切な時期に「食」にしっかりと向き合ったという経験的事実は、必ずやその後の人生の糧になるはずです。

 その一環として、健康管理に関する正課の授業以外に実施しているのが「食の学校」です。ここでは、栄養と健康、食品の安全、多様な食材や調味料の使い方、伝統的料理法などを講義と実習の両形式で学びます。食育に限らず、次の時代を担う青少年に対し、大人たちは今、何を教え、何を伝え残すべきか…? 東北福祉大学の食育実践プログラムにおいても、常々自らに問いかけていることがらに真摯に向き合いながら取り組んでいます。
 学生たちの成長ぶりに目を細めることができる幸いをかみしめるこの頃です。私たち大人には、あらん限りの力で、「生きるための英知やすべを次世代に伝えるという重大な使命・義務がある」と強く感じます。

農村暮らしで食の大切さを感じて育つ

 よくよく掘り下げてみますと、職業のほとんどが「世のため・人のため」になるように存在しています。
 私は、辺地医療に命を捧げた亡父と自給自足の食卓を支えた亡母の姿や農民たちの一生懸命に生きる姿に触れながら、「健康」「食」「農業」というものの重要性を感じながら育ちました。生命を育み、体をつくり、活力を作り出すばかりか、疾病の予防や回復にも関わる「食」。食べることを通して、多くのことを感じ取ったり、快適な心の状態を創出することも可能です。ありとあらゆる人が「食」と無縁ではありません。私は、この必要不可欠な食を通して、世のお役に立ちたい、人助けをしたいとの思いに至りました。しかしながら、食の研究分野は、長い間、研究者と市民間の直接的架橋がなされてなかったように思えます。長いこと希望を持ち続けたお陰で、今、望みが叶うようになりました。なお一層の努力を続け、食を通して多くの方々のサポートをさせていただけたら本望であると感じております。
 青少年の食行動の問題と心身の健康状態の悪化の関係について調べておりますと、嗜好本位、簡便性の重視、サーカディアンリズム(生理活動や行動の約24時間周期の変動で睡眠や摂食のパターンなどを決定する)の乱れ、団欒の消失などの因子は、各家庭において真剣に改善努力を行わない限り良い方向には進まないように感じます。
 このことを分かっていただくために、多食材、和食、栄養所要量充足、無農薬、無添加、ゆったりした食事環境、定時の食事などの項目を重視して90名の若者たちに5日間食事を摂ってもらいました。その結果、「たかが食、されど食」と感じさせられる結果が得られました。すなわち、食環境をちゃんと整えると短期間で生化学データの問題項目はほぼ改善され、POMSの数値は好転することが分かったのです。若年層の食生活が心身の健康にもたらす影響について、実証的に確認できたものと考えています。
 子どもを取り巻く大人たちの、生きざまそのものが尊い教材であるはずです。意識ある大人たちの精神性は有形無形の形で子どもたちの発達に貢献し、日本の未来を担う力を確かなものにするということを念頭において、望ましい食生活を展開していただきたいと願っております。
 食べる行為は単純ですので、ついおろそかにしがちですが、とても大切なものであることを認識していただけたら幸いです。いろいろな理由もありましょうが、温かい会話と日本型食材の手作り料理でゆったりできる食卓を、今こそ大切にいたしませんか。

(取材=2008年9月11日/東北福祉大学感性福祉研究所にて)

研究者プロフィール

東北福祉大学子ども科学部子ども教育学科教授 専攻・食品科学
畠山 英子 先生

(はたけやま・えいこ)秋田県生まれ。1976年、東北大学農学部食糧化学科卒業後、東北福祉大学に勤務。助手、講師、助教授を経て現職。農学博士。日本感性福祉学会理事。好きな食べ物は米飯と味噌汁。

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