研究者インタビュー

技術開発は人間につながっているから面白い

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東北工業大学 工学部 知能エレクトロニクス学科 教授
専攻=電子工学
畑岡 信夫 先生

人の声を認識して働くシステムを開発

 2007年に東北工大に着任するまでの30年間近く、企業研究者として株式会社日立製作所で開発の仕事に従事してきました。東北大学の博士課程を出て1978年に配属されたとき、中央研究所は「一般の人がコンピュータを使いこなすにはどうしたらよいか」という、ヒューマンインターフェースの技術に取り組み始めたところでした。新人だった私は、ほぼ一人で音声技術の研究・開発に挑戦することになったのです。

 コンピュータが音声で人間とやり取りをするためには、人の言葉を受け取る「認識」と、人に伝える言葉を発する「合成」の両方が必要です。企業での研究は製品になる成果が求められますが、私には「電話の声で銀行口座の残高照会や振り込みができるシステムを作れ」という課題が与えられました。

 私にとっては全く新しい研究テーマで、ノウハウのなかった最初のうちは特に大変でした。1週間ごとに、進み具合を報告して指示やアドバイスを受ける「フォローアップ」があります。膨大な文献を読み、プログラムを組んでみては、動かして検証する毎日です。毎朝8時前から仕事を始め、帰るのは夜の11時、12時という生活でした。

 しかし私は、多くの人が直接使う技術を開発していることに、大きな充実感を感じていました。声の質も発音の仕方も、本当に人それぞれです。特定の話者の言葉を認識することに比べ、不特定の話者をユーザーとする技術の開発は困難でした。しかし予定通り3年間で、銀行コールセンターのシステムの自動化という要請に応えることができました。コンピュータの音声に応じて人が電話口で単語や数字を言うと、その指示を処理できるシステムを作り上げることができたのです。

 次は、決まった範囲の言葉だけでなく、もっと多様な言葉を認識できる技術の開発です。家電をはじめとする様々な機器に、複雑な命令を自動的に行わせる時代になろうとしていました。企業は、「ミドルウェア」と呼ばれるソフトを組み込んだマイコンを搭載した製品の開発を目指して、互いに鎬しのぎを削りました。1999年に製品化された私の研究内容は、後に第一世代カーナビの音声インターフェースに採用されます。

 人間に直接関係する技術開発やモノ作りでは、人間を研究し、人間の脳の仕組みに学ばなければなりません。私の場合は「人は音声をどう聞き、どう認識しているのか」ということの解明から始めました。たとえば日本語の5つの母音を「聞き分けられる」ようになるためには、耳の中の鞭べん毛もうが、実はそれぞれ高い音から低い音まで特定の周波数帯域を受け持って空氣の震えを受け止め、デジタル信号として脳に伝えている仕組みを明らかにし、応用する必要があったのです。

もの作りと人間への関心から今の道へ

 私の専門である電子工学や情報工学は、一般の方にとっては「難しい」というイメージが強いのではないでしょうか。しかし自分の研究歴を振り返ってみると、私は常に人間に興味を持ち、人間のための技術開発を志して歩んできたように思います。

 私は、絵を描いたり工作をしたりするのが大好きな子どもでした。大学では基礎物理ではなく応用物理を学びたいと考え、電氣の道へ進んだことは、そうした子ども時代と無縁ではありません。そして学部から大学院に進んだ際、私が取り組みたいと考えたのは都市工学でした。より良い都市づくりのためには、実際にそこに暮らし、働く人々の声を聞く必要があります。しかし、適切にその声を拾い上げ、地域の人々の望む方向で都市計画をまとめ上げるためには、工学的な技術が必要になるのです。

 1982年の東北新幹線の開業に向けて仙台駅の駅舎が建設され、1977年に利用が開始された時のことをご記憶でしょうか。これにあわせた仙台駅西口の都市計画の策定は、ちょうど私が大学院に在籍した時期に行われていました。一般的なアンケート調査ではなく、デマテル法という方法によって対面調査のための項目を設定し、その調査結果の分析を行った私の研究は、大規模なペデストリアンデッキの建設計画などに、実際に活かされたのです。

 その後は企業研究者として、音声認識をはじめとするヒューマンインターフェースの研究・開発に携わってきました。しかしコンピュータと人間の関係についての研究も、人間の営みに対する興味や、人間の生活に役立つ製品を開発するという意欲なしに進展はあり得ません。また米国でカーネギーメロン大学の研究者らと共同プロジェクトを進めたり、株式会社日立ヨーロッパ社ダブリン研究所の所長として英国に赴任して異文化に直接触れる中で、人間同士のコミュニケーションに対する関心と理解を深めることもできました。

 聴覚障害をはじめとする福祉の問題も、私の関心分野です。私の所属する電子情報通信学会は、専門分野ごとに4つのソサイエティに分かれており、私は情報・システムソサイエティの会長です。一方、学会にはヒューマンコミュニケーショングループという枠組みもあって、その中の「福祉情報工学研究会」には、障害者や高齢者の情報・通信に関する技術の研究者・開発者が集っています。私は聴覚と音声関連技術の専門家として、この研究会の活動にも積極的に携わってきました。

 携帯電話に代表されるように、今の技術の進歩は、より小さく、より速く、より多機能にという方向を目指しています。しかし、障害者や高齢者のための技術を開発するうちに、自然と全ての人にとって便利で使いやすいものが生まれてくるのだという「ユニバーサルデザイン」という考え方もあるのです。私は今、人間の認識の過程の研究を深めることで、こうした観点からも技術の発展に寄与したいと願っています。

大学で地域の人材育成に取り組める喜び

 2007年に懐かしい仙台へ戻ってきてからは、大学という新たな環境で充実した日々を送っています。昨年(2008年)8月には、「組込みシステム開発研修センター」を立ち上げました。私は音声技術を中心に、さまざまな機器にソフトを組み込んで複雑な仕事を実行させる「組込みシステム」の開発に長く携わってきましたので、その経験を活かして、学生たちや企業の人材の育成に力を注ぎたいと思っています。

 もちろんこれは、私一人の力でできることではありません。学科の枠組みを超え、それぞれの専門分野の先生方のご協力をいただくことで、地域の発展に貢献していきたいと考えています。また、徐々に研究環境を充実させることで携帯電話やカーエレクトロニクス等の技術開発にも取り組み、将来的には利用者と対話できる介護福祉ロボットの実現も目指したいものです。

 人間と関係する仕事を望んできた私にとって、学生の指導はやりがいに満ちています。学生の関心や能力に応じて、それぞれワンステップ向上させることこそが教育の役目でしょう。

 就職という形で学生を社会に送り出すときには、「3年間やってみろ、3年間やると好きになるから」と励ましています。人は好きなことでなければ、成果を上げることはできません。しかし、誰でも最初から好きなことだけを仕事にすることはできません。私が「続けるうちに好きになるし、結果もついてくる」と自信を持って言うことができるのは、かつての自分自身の経験に基づいているからです。

 私は「Do What You Love, Love What You Do(自分の愛することをなせ、自分のなすことを愛せ)」という言葉を大切にしています。これはカーネギーメロン大学で出会った人工知能研究の第一人者であるAllen Newell教授(1992年没)の言葉で、深い感銘を受けました。自分の座右の銘にするとともに、学生らを指導する際にも必ず紹介しています。

 もちろん、向学心をお持ちの市民の皆さんにも、この言葉を贈ります。何を学ぶかを決めかねている方には、「まずやってみてください、きっと面白くなりますよ」と申し上げたいです。しかしそれは、一人ではいけません。ぜひ、サークルに参加するなどして仲間をつくってください。「学ぶことと仲間をつくることは相通ずる」というのも、私が経験から学んだことです。きっと刺激を受け、学びの喜びを味わうことができるでしょう。

(取材=2008年11月11日/東北工業大学3号館・知能エレクトロニクス学科応接室にて)

研究者プロフィール

東北工業大学 工学部 知能エレクトロニクス学科 教授
専攻=電子工学
畑岡 信夫 先生

(はたおか・のぶお)1950年福島県生まれ。東北大学工学部卒業。東北大学工学研究科博士課程前期修了。(株)日立製作所中央研究所を経て、2007年より現職。工学博士。東北工大「組込みシステム開発研修センター」センター長。電子情報通信学会 情報・システムソサイエティ 会長。水彩画、登山など幅広い趣味を持つ。

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