研究者インタビュー

患者さんの負担を減らす医療技術への挑戦

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安全で高機能な新しい医療機器を目指して

 昨年(2008年)、東北大学大学院に独立した研究科として日本では初めての医工学研究科が新設されました。その名の通り医学と工学を融合させた研究を行い、医療技術を発展させようというものです。私は以前から内視鏡等の開発に携わっていましたが、より充実した環境の下、さらに良い機器を医療の現場に送り出そうと研究に取り組んでいます。

 内視鏡やカテーテル(人体に挿入して用いる管)を用いた「低てい侵しん襲しゅう医療」は診断や治療に大きな役割を果たしており、今では一般にも広く知られるようになりました。かつては大きく切り開いて検査や手術をするしかなかった症例でも、消化管や血管に内視鏡を挿入して治療までできるケースが増えています。患者さんの負担が少なく入院期間も短くなり医療費の削減にもつながることから、今後ますます広がっていくと思われます。最近では細く小さくともたくさんの機能や精密な動作が求められてきています。例えば私達が昨年開発した外径9mm、全長3mの大腸用電子内視鏡は、現在使われているものより軟らかく、体内の奥深くでも操作しやすく、しかも低コストで製造することができます。低価格化が実現すれば規模の小さな病院も導入できるでしょうし、やがては滅菌して再使用する必要のない「使い捨て化」も可能になるでしょう。外径がさらに小さいものも開発中で、より狭い場所や細い血管にも用いることができるようにしたいと考えています。
 
 内視鏡やカテーテルが曲がるしくみは、たくさんのワイヤを引っ張って操作する従来のものとは違い、細い形状記憶合金を組み込み、電流を流して加熱することで操作する仕組みです。開発には特にマイクロ(10の-6乗)・ナノ(10の-9乗)メートルレベルの微細加工技術も利用します。
 
 特に、MEMS(メムス=微小電氣機械システム)と呼ばれる半導体製造技術を発展させた技術で微小な機械を作る技術は東北大学が世界の中でも先行しており、各国から研究者が集まって来ています。幸いなことに私は若い時から、MEMS研究の第一人者である江刺正喜先生の下で、基礎から実用化・製品化のために必要な考え方まで様々な事柄を学ぶことができました。
 
 MEMSは車載用センサやゲーム機、インクジェットプリンタのヘッドなどにも用いられていますが、カテーテルを自在に操作するための仕組みなど、医療分野でも重要な役割を果たそうとしています。私自身は細い血管に挿入できる、光ファイバを用いた極細径の血圧センサや、超音波を用いて血管内のようすを3次元で確認しながら精密に手術できるカテーテルなどの開発を進めているところです。

外科医院の跡継ぎのはずが技術開発に転じる

 私の父は外科医で、仙台で開業しています。東北大学の工学部を卒業後、弘前大学の医学部に入って医師になったという、いわば変わり種です。私は逆に医学部を卒業し、医師も経験した後で工学系の研究者として歩んできましたから、やはり変わり者かも知れません(笑)。
 
 子どもの頃からコンピュータに興味があって、中学生時代はプログラムを組んでゲームを作ったものです。また仙台一高では応援団だったのですが、大勢でプラカードを掲げて様々な文字を描くためのシミュレーションを、パソコンで熱心にやったりしたものです。
 
 父の跡を継ぐつもりで医学部に進んだのですが、外科医が新しい術式の開発を競い合ったように、新しいものを作り出す仕事がしたい、という氣持ちも持ち続けていました。在学中に「低侵襲医療」に興味を持ち、たまたま『マイクロマシン開発ノートブック』という本を知ったことが、小さくて高機能な医療機器の開発を目指そうとしたきっかけです。
 
「低侵襲医療」は患者さんの負担を小さくする一方で、医師の負担を増やすという問題があります。カテーテルや内視鏡を用いる検査・治療には高い技能と習熟が必要で、医師は新しい技術が開発されるたびに、それを身につけなければなりません。より安全かつ確実に操作できる高機能な医療機器が実用化されれば、医師の負担を減らし、新しい治療法を普及させることができます。
 
 私は医学系と工学系の両方で研究に携わりながら、開発のために現場を知っておく必要を感じて病院へも勤務しました。医師の仕事の重要性を感じ、患者さんと直接触れ合ったことは、今の仕事に生かされています。
 
 東北大学は伝統的に、医学部と工学部の交流と共同研究が盛んです。2003年、医工の研究者が力を合わせてプロジェクトに取り組む「先進医工学研究機構」が誕生し、私もその一員として、本格的な医療機器の研究・開発に挑むことになりました。
 
 そして現在所属する医工学研究科では、教育と人材育成にも関わりながら、さまざまな新しい医療機器の開発を引き続き行っています。私にとって、医療と工学技術は分けられないものです。医学部と工学部からほぼ同数の研究室が集まって構成されている医工学研究科は、非常にバランスの良い存在だと感じています。

製品化実現のために会社を設立

 私は自分の開発した技術が実際に医療現場で用いられることを目指しているので、常に研究開発に続く実用化を意識して研究を進めています。2004年には、開発した技術を製品化するために株式会社メムザスという大学発ベンチャー企業を設立し、江刺先生らと共に取締役を務めています。
 
 大学の研究者が企業経営を?と驚かれるかもしれません。しかし現状では大学で開発したMEMSなどを用いた新しい技術を、分野の違う医療機器メーカーが導入し製品化する仕組みが整っていないのです。私たちは「無ければ自分たちで作ろう」と考えます。継続的な開発を通して、大学の研究から企業が求めるレベルまで完成度を高めることや、新しい医療機器に求められる高機能部品を自ら製造・販売し設立した会社から提供することで、メーカーへの技術の橋渡しが非常にスムーズにできる見通しが立ちました。
 
 こうなれば良い、こうしたい、という氣持ちは、もの作りの出発点です。私が生まれた翌年に作られた米国の映画『ミクロの決死圏』は、今見ても多くの示唆に富んでいると思います。人間や治療機械が小さくなって人体に入り込み、内部から治療を行うというストーリーは、内視鏡やカテーテルを駆使する現代の医療とその先を予見する内容だったと言えるかもしれません。内視鏡やカテーテルのシャフトを通して体外から電力を供給し信号をやりとりするという形であれば、近い将来かなり近いことが実現されそうです。
 
 技術開発に携わる者にとっては、新たな課題に挑戦し続けることが必要だと思っています。その際自分に新たなテーマを課し、みんなに宣言することでモチベーションを上げ、一から勉強せざるを得ない状況に自らを追い込むのも有効です。
 
 何かを新たに学ぼうとされている市民の方にも、このようなやり方は役に立つかもしれません。このとき、一つのことに深く集中することが大事だと思います。自分が好きなことであれば労をいとわず取り組むことができるはずですし、集中力も上がります。そのときに自分なりの考え方やまとめ方を身につけ、学びの土台ができると、次に他の分野を新たに勉強するときにも役に立つと思います。同時に、興味・関心を広く持ち、「とりあえず役に立ちそう」と思えることに積極的にアンテナを張っておくと良いと思います。
 
 私は、「ヘルスケア(健康管理)」を研究のテーマに新たに加えました。体内に埋め込む機器としては心臓ペースメーカーや人工内耳などが実用化されていますが、例えば体表などにはりつけて使い捨てができる、薄く小さく高機能な装置ができると、疾患の予防や健康維持、慢性病の管理などに役立つかもしれません。私自身が患者さんを直接診療することはなくなりましたが、今後も開発、もの作りを通して多くの方のお役に立ちたいと思っています。

(取材=2008年11月12日/東北大学工学研究科管理棟・芳賀研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 医工学研究科 教授 専攻・医工学
芳賀 洋一 先生

(はが・よういち)1965年宮城県生まれ。東北大学医学部卒業。東北厚生年金病院勤務などを経て、東北大学で助手、講師。2003年、先進医工学研究機構准教授。2008年より現職。工学博士。医学博士。漫画を読むのが息抜きだが「SF漫画は開発するべきものを具体的にイメージするのに役立つことがあるんですよ」とも。

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