研究者インタビュー

メディア浸けになっている子どもたちを救いたい

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子どもたちは疲れ果てている

 子どもたちを診る小児科医として、今の状況に強い危機感を抱いています。
 
 子どもたちは疲れています。疲れ果て、氣分が悪い、体や頭が痛い、学校に行けなくなってしまったなど、様々な症状を訴えて私たちの病院にやって来るのです。こうした子どもたちに、私はいわゆる通常の「治療」はしません。テレビを見ない、ビデオを見ない、ゲームをしない、携帯を遠ざける、そして早寝早起きをする生活習慣の注意を与え、これを守ってもらうだけで短期間に驚くほど快復することがほとんどだからです。

 子どもたちは、何にそんなに疲れているのでしょうか。毎日、友達と外で駆け回って遊んでいるからでしょうか。家の仕事を手伝っているからでしょうか。違います。何時間もテレビを見て、ゲームをして、携帯やパソコンなどの画面の前に座り続け疲れ果てているのです。大人でも具合が悪くなりそうなことを、体も心もまだ未熟な子どもたちが毎日していれば、変調を来すのは当たり前です。
 
 子どもたちを疲れさせているのは、親をはじめとする大人たちです。「子どもが喜んでいるからゲームを取り上げられない」という親がいます。でも本当に喜んでいますか? ゲームをしている子どもの顔をよく見てみてください。笑顔はほとんどありません。画面を睨みつけて緊張しています。時には恐ろしいキャラクターや残酷な場面に目を凝らし、興奮しています。子どもたちは楽しくて、うれしくて、ゲームをしているのではないのです。

 それではテレビやゲームではなく、勉強やスポーツに時間を注ぐのならば良いのでしょうか。病院にやって来る子どもたちを見ていると、私にはそうは思えません。学校が終わった後も勉強で競わされ、スポーツクラブで鍛えられている子どもたちは幸せでしょうか。中には早期教育で、就学前から課題に追われている子どもたちもいます。確かに子どもたちは、自分から「やりたい」と言ったかもしれません。しかし他の子もやっているからとか、宣伝に刺激されて始めたことは、ほとんどの子どもたちにとっては、やがて大きな負担になってしまうのです。

 一握りの子どもたちは「○○歳なのにこんなことができるようになった」と賞賛されるでしょう。その大勢の中の一握りはエリートコースを辿るかもしれませんが、「幸せ」になる保証はありません。しかし、ほとんどの子どもたちは現実世界の中で経験すべきことに使うはずだった貴重な時間を失い、疲れ果て、挫折感を味わい、中には病氣になってしまう子どもまでいるのが現実です。

メタ認知能力が身に付く大事な10歳

 それでは、子どもたちが「本来するべきこと」とは何でしょう。それは人と触れ合うこと、特に人と遊ぶことです。

 子どもたちは本来、大人以上に好奇心も競争心も強い、意欲に溢れた存在です。子どもたちはまず、「大人がしていること」に興味を持ちます。たとえば、母親の姿を真似て「ままごと遊び」に興じるわけですが、友達と様々な「ごっこ遊び」をする中で、多くの社会で生きていく力を学ぶのです。

 今の子どもたちは、テレビ、ゲーム、携帯、インターネットから、大人顔負けの膨大な知識を仕入れています。しかしかつての子どもたちは、遊びの中から「知識」以上に大切な「知恵」を身につけていました。また、生身の人間と密接に関わり、楽しい時間を過ごした経験こそが、自分を尊重する感情を育て、人と力を合わせて困難を乗り越えようとする氣持ちを育むのです。
 
 コミュニケーション能力とは、携帯を操って仮想世界で出会いの相手を見つける力ではありません。現実世界で、感情を持った人間と互いを思いやりながら一緒に生活を築いたり仕事をしたりできる力です。それは親に愛されることや、友達と遊びを作り上げていく経験からしか学ぶことはできません。

 子どもたちは10 歳頃から大きく変化し始めます。言葉を道具にして、自分を客観的に見る力が身に付くのです。これを「メタ認知能力」と呼び、自己と他者、現実と非現実の境界を明確に認識できるようになります。大人へと成長し、社会の中で生きていくための大切な力です。

 たとえば、冗談が言えるようになったり、冗談が通じるようになります。冗談を言われて、それを受け止めたり、かわしたり、言い返したりできるというのは、かなり高度なコミュニケーション能力です。小さい頃から生身の人間を相手に、十分に聞き、話す経験を積んできたかどうかが、ここで初めて明らかになります。加減が分からずに行き過ぎたいじめに発展したり、冗談を受け止め切れずに物理的に報復する原因は、実は10 歳までの過ごし方にあるのです。

 人間が言葉を獲得していくプロセスは、聞く、話す、読む、書く、の順番が自然です。小さい頃にきちんと「聞く・話す」ことを学んだ子どもたちは、学校教育にすんなりと適応することができます。逆に「読む・書く」知識を詰め込まれた子どもたちは、先生とコミュニケートしながら学んだり、友達と力を合わせて課題に取り組んだりすることが苦手になってしまいがちです。十分に「聞く・話す」をしないうちに先を急がされた子どもは、言葉に添えられる感情や心のひだを理解できるようにはならないからです。

臨床と研究に基づいた提言

 人間は言葉で考えます。その言葉を、親をはじめとする周囲の大人たちから自然に学べた子どもは幸いです。人の氣持ちを想像する力、新しいものを生み出す力には、言葉が必要です。その言葉の力は、現実世界の中で、人と触れ合う経験から身に付けるしかないのです。

 こうしたことは、私が自分の経験だけから申し上げているのではありません。多くの小児科医が私と同じ危機感を持っていますし、現代医学や脳科学などの研究成果に基づいてお話をしています。

 日本小児科医会には「子どもとメディア」対策委員会が設置され、2004年に右上のような具体的提言をまとめました。
 赤ちゃんから見た世界のことも、かなり詳しく分かっています。人が一番最初に人と触れ合うのは、授乳の時です。親が赤ちゃんの顔を見ながら、目を合わせ、話しかけながら授乳することは大変重要です。生まれたばかりの赤ちゃんにも、親の愛情を感じ、言葉に込められた氣持ちを受け取る能力が備わっているからです。赤ちゃんと母親が一体感を味わい、幸せな体験を共有することを「情動調律」と言います。こうして人は、他者に共感する能力を養うのです。その授乳を、テレビや携帯の画面を見ながらする親が急増しています。
 
 また、幼い子は動くもの、光るもの、音のするものに興味を持ちます。テレビが付けっぱなしになっている家では、テレビの虜(とりこ)になるのが当たり前です。親を見ようとせずにテレビを見ようとする子どもはこうして作られ、言葉の発達の最初のスタートを台無しにしてしまいます。

1. 2 歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
2. 授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴は止めましょう。
3. すべてのメディアへ接触する総時間を制限することが重要です。
  1日2時間までを目安と考えます。テレビゲームは1日30分までを目安と考えます。
4. 子ども部屋にはテレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターを置かないようにしましょう。
5. 保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう。

(社)日本小児科医会「子どもとメディア」対策委員会

 脳科学の分野では、ゲームをした直後には前頭前野が働きにくくなることが明らかになっています。「ゲームをしてから勉強する」というのは、もっとも成果の上がらない方法です。ゲームは「氣分転換」の道具として使えるかもしれませんが、長時間では、大きな影響を脳に与えます。今の子どもの多くは、明らかにゲームのやり過ぎです。

 これをお読みの皆さんの中には、子どもの誕生をきっかけに、子どもの健康や教育の問題に関心を持たれた方もおられるでしょう。そうした方々には、ぜひ大いに学んでいただき、メディアが子どもたちに与える影響の大きさ、特に負の側面に目を向けていただきたいと思います。

 もちろん、大切なお孫さんのために一肌脱ぐのも良いことです。ご自分が学んだことを伝える啓発活動に取り組み、地域の子どもたちと触れ合い、知恵を伝えるボランティア活動に参加するのもお勧めです。私自身も臨床や大学教育の場だけでなく、これからも講演やボランティア活動などを通じて皆さんの学びに寄与していきたいと願っています。

参考:
1)田澤雄作 テレビ画面の幻想と弊害:むかつく・キレル・不登校の彼方にあるもの 2003年 悠飛社
2)斉藤惇夫、田澤雄作ほか いま、子どもたちがあぶない! 2006年 古今社

(取材=2009 年2 月10 日/仙台医療センター・総合成育部長室にて)

研究者プロフィール

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター総合成育医療センター部長
田澤 雄作  先生

(たざわ・ゆうさく)1948年青森県生まれ。東北大学医学部卒業。医学博士。小児科の臨床医として30年以上のキャリアを有し、2007年より現職。一方で秋田大学助教授、鳥取大学助教授を務め、現在は東北大学医学部臨床教授。日本小児科医会「子どもとメディア」対策委員会副委員長。日本小児科学会「学校保健・心の問題」委員会委員。

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