研究者インタビュー

「宇宙医学」から地球の皆さんへ

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地球が直径1.2mのボールだったら…?

 地球についてのおさらいから始めましょう。

 ご存知のように、地球は「ぺちゃっ」とつぶしたような形をした銀河系にある太陽系の3番目の惑星です。46億年の歴史を持ち、私たちのような現代人が登場したのはわずか20万年前。このわずかな期間に私たちは生き、文化を育んでいます。

 最も高い山は標高8.85 kmのチョモランマで、海の最も深い場所はマリアナ海溝の11.04 kmです。こうした極限環境にもわずかながら生き物は存在します。しかし多くの生き物は地上800 m、海では大陸棚と呼ばれる水深200 mに生息しています。

 地球というのは直径にして約12,756 kmありますが、これを1.2 mのボールであると仮定してみます。すると、先ほど説明した地上の生息域である800 mはわずか0.1 mmにも満たない世界になります。飛行機の高度1万mでやっと1 mmです。若田光一さんの長期滞在で注目を浴びている国際宇宙ステーションは、地上から約400 kmですので、4 cmの高さに当たるのです。

 医学部の研究者や病院の先生たちは、この1 mmにも満たない薄さの世界で人間を正常な状態に保ち、病氣やケガを回復させることを目的にしており、この範囲を外れた全ての環境における医学全般というとても広い範囲が、宇宙航空環境医学の研究フィールドになります。

1.5ヶ月でみんな宇宙人

 宇宙に行くとすぐに、乗り物酔いによく似た「宇宙酔い」の症状が現れます。現在は薬を服用させて回復させています。引き続いて体液や、心循環系、赤血球など循環系が反応します。これらは1.5ヵ月で宇宙環境に適応します。宇宙にいる限り影響を受け続ける「放射線」と「骨の中のカルシウムの流出」問題を無視すれば、人間は1.5ヵ月で宇宙人になります。

 これまで宇宙に行った毛利衛さんや向井千秋さんたちは2週間程度の滞在でした。そんな向井さんですら地球に戻ると「紙1枚が重い」と言っていましたので、今回すっかり宇宙人になってから帰ってくる若田さんが、地上に再適応するための過程は興味深いものになることでしょう。

 ここで体液の変化に話を戻します。普段私たちには1 Gの重力がかかっていて、血液などの体液は足の方へと向かっています。しかし宇宙へ行くと0 Gとなって、足方向への力が無くなり、体液は胸や頭部へと移動します。宇宙にいる飛行士の顔がパンパンに膨れるのはこのためです。一般に人間は宇宙で、頭部が大きくなり、首が太くなり、身長が伸び、手足が細くなります。

 1898年にH.G.ウェルズが発表した「宇宙戦争」という小説の挿絵に描かれた有名な「タコ型火星人」。実は「無重量環境では頭が大きくなり、手足が細くなる」という説明に合致します。まあ、足が8本あるかは別問題ですけどね。

あの手この手で宇宙を再現

 私たちは、擬似宇宙を作って研究を行います。例えば「宇宙酔い」は「コリオリ刺激」という方法で誘発します。これは1分間に2~14回転という、かなりゆっくり回転する椅子に座らせ、頭を2秒に1 回前後左右に振るというもの。30分くらいで90%の人が氣持ち悪くなります。

 また磁場に関しては、地球の磁場を取ってしまったらどうなるのかを調べるために、「ヘルムホルツコイル」という装置を使います。これは最近ヘッドホンの機能としてよく耳にするノイズキャンセル機能と同様に、反対方向の磁場を発生させ磁場を打ち消す装置です。逆にフェライト磁石を使えば強磁場を作れますので、様々な磁場環境を再現可能です。

 遠心機を回せば8 Gを超える高重力を生み出すことは可能です。逆に微小重力環境を作るには「パラボリックフライト」という方法を使います。飛行機を放物線状に急上昇させて頂点で自由落下させて微小重力空間を20秒ほど生み出す方法で、この環境で様々な実験を行います。

 もっと長い時間をかけた実験を行う場合は、「ベッドレスト実験」を行います。これは頭側を6度下げた状態のベッドに被験者を寝かせて、宇宙同様に体液を頭や胸に移動させる方法です。身長も体重も寝たまま測り、食事も寝たまま取ります。

 この他、「水浸法」といって水の浮力や水圧を利用した実験があります。ロシアではその中で1年以上寝たままで過ごす実験も行われています。

 この他、地表とは違う特殊な環境ということで、航空機環境や内宇宙である海に潜ったときの環境における人体も研究範囲になります。航空機では時差ぼけや深部静脈血栓症(DVT。通称エコノミークラス症候群)が対象となり、海であれば深く潜る行為自体や乗り物内での健康管理を研究します。日本ではかつて生身の人間を300 mまで潜らせたことがあります。水深300 mでは31氣圧がかかるので、カップラーメンの容器はグーッと縮まり中身が溢れ、缶ジュースも蓋を開けないとへこんでしまいます。そんな環境でも人間は潜れるのです。しかし人体は31氣圧にさらされると2週間かけて減圧しなければなりません。そのため氣圧を調節できる装置が付いた船で移動していました。結果的に閉鎖環境での活動が余儀なくされるのですが、これは宇宙船とよく似た環境で、閉鎖環境での活動そのものが宇宙での活動を円滑にすることに役に立っています。 

地上の暮らしにも活きる「宇宙医学」

 私の大学時代は物理が専門でした。ただ医学や宇宙にはずっと興味があり、中学高校時代は物理部(含む天文)の部長をしていました。大学を卒業後、大学で物理の研究をしていた頃、偶然今の研究室、当時の「宇宙医学研究室」の求人を見つけました。当時はアメリカのアポロ計画の影響もあって、日本でも宇宙に対する研究が始まった頃でした。宇宙医学は特殊なことばかりで、小さな研究室には実験したくても装置が無く、予算の都合上自力で作るしかないという状況でした。教授に氣に入ってもらい宇宙医学研究室に移った私は、それまで培った物理の知識を生かして、磁場を消すヘルムホルツコイルや遠心機などを自作し、実験を重ね、すっかりこの世界にハマってしまいました。

 そして時は過ぎ、今や日本も宇宙ステーションで実験をする時代です。今回、若田さんが持ち帰るデータは当然、今後の宇宙医学の分野において貴重なものになるでしょう。例えば、宇宙で4ヵ月も過ごす若田さんは、いわばずっと寝たきりの状態であるとも言えます。帰還後、若田さんは地上に再適応するための様々なリハビリプログラムに取り組むわけですが、これらは地上で寝たきりの人、特に骨が弱くなったお年寄りの皆さんのリハビリにも役立っていくでしょう。

 他にも宇宙航空環境医学の応用として、ハイビジョンを使い、宇宙飛行士を映像で診断するテレメディスンという技術は、無医村の医療向上に役立てることができるでしょう。また無重量環境を逆手にとって、寝たきりの人や骨粗しょう症などの患者さんを宇宙へ移して治療する施設の建設構想もあります。

 宇宙医学では現在、宇宙で実際に実験したデータは宇宙飛行士自身が被験者となって得たものです。しかし多忙な宇宙飛行士は純粋な被験者ではないですし、人数も限られているため例数を稼げないのが現状です。しかし、地上で行われる擬似的な微小重力環境での実験と、実際の宇宙での実験結果がどんどん集まっていますので、これからも研究は進んでいくと思います。

 東北には実はJAXAの関連施設が多いですし、また宇宙産業が盛んな地域でもあります。私たちの研究に加えて、ロケットなどの技術の研鑚が東北の地でさらに進めば、一般の人々が体への負荷を強いられずに安心して宇宙に行けるようになる日が近づくのではないでしょうか。

 「まなびのめ」をお読みの皆さんの中で宇宙について興味を持っていただいたならば、JAXAのホームページをぜひお読みください。きれいな月の写真から市民向けの宇宙医学に関する記事、宇宙ステーションでの面白い実験のことなど、かなり豊富に情報を掲載していますので、皆さんの向学心の参考になると思います。より専門的な情報を得たい人には、日本宇宙航空環境医学会やAsMAというアメリカの学会、NASAのホームページをご覧いただくと良いでしょう。特に宇宙飛行士を目指す人には、これらのホームページは必ず役に立つでしょう。

(取材=2009年5月25日/東京慈恵会医科大学1号館17階宇宙航空医学研究室にて)

研究者プロフィール

東京慈恵会医科大学 細胞生理学講座内
宇宙航空医学研究室准教授
須藤 正道 先生

(すどう・まさみち)1953年東京都生まれ。日本大学文理学部物理学科卒業。同大助手を経て1976年東京慈恵会医科大学宇宙医学研究室(現・宇宙航空医学研究室)入室。医学博士。日本宇宙航空環境医学会理事、同事務局長、宇宙航空研究開発機構有人宇宙技術部宇宙医学生物学研究室主幹研究員。

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