研究者インタビュー

すぐ役立たないところが天文学の魅力です

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仙台市天文台 台長
土佐 誠  先生

“宇宙を身近に”する天文台を目指して

 今差し上げた名刺の右下を折り返してみてください。表のリンゴと裏の月の絵柄が、重なる仕掛けになっているでしょう?「ニュートンは木からリンゴが落ちるのを見て万有引力を思いついた」という、伝説的なエピソードをビジュアルにしてみました。仙台市天文台の標語「宇宙を身近に」には、幅広い市民の皆さんに宇宙や天文学に親しんでいただきたいという願いが込められていますが、これもその一つの表現です。

 新しい天文台が開館した昨年7月から今年3月までで、入館者数はのべ40万人を超えました。開館前の想定をはるかに超える数です。自治体が新しい施設を建設して事業を始めるのは難しい時代ですが、仙台市天文台は野球で言えばヒットを超えてホームランになったという評をいただきました。実にうれしいことで、いろいろなメディアに大きく取り上げていただいた効果が大きかったと思います。

 もちろん天文台を預かる立場としては、喜んでばかりもいられません。新天文台には、民間の事業体が主体となって建設から運営までを担う、PFIという手法が導入されています。展示、プラネタリウム、望遠鏡から全体のマネジメントまで、それぞれのノウハウを持つ企業が集まっていますから、スタッフの意思統一を図ることが私の一番の仕事です。予想を上回るお客様を迎えることになり、予算内でやり繰りするためにスタッフには本当に頑張ってもらいました。

 私は、新天文台の基本構想づくりに関わってきましたが、私の仕事はそこまでで、新天文台の依頼を受けて天文台長に就任するとは思ってもいませんでした。本当は昨年3月に東北大学を定年で退いた後は、しばらくゆっくりしようと思っていたのです(笑)。スタッフに恵まれたおかげで、もうすぐ1周年を迎えようとしている今では、運営に自信も生まれてきました。

 天文台が備えている口径1.3mの大型望遠鏡は、一般に公開しているものとしては国内で3番目の大きさです。毎週土曜夜には天体観望会を開催しており、プラネタリウムや、大きな惑星模型がある展示室とあわせて好評をいただいています。小中学校の授業で活用していただいている他、家族連れ、カップル、年配の方のグループなどの利用も多いようです。

 私は天文台を、宇宙や天文学に初めて触れる人はもちろん、知識を持ち、いっそう理解を深めたい人にも活用してもらえる施設にしたいと願っています。東北大学大学院理学研究科や宮城教育大学との協力を進めており、学術的な水準においても、社会教育施設としても、さらに大きな役割を果たすことができればと願っています。

学んで知った“人は星のかけら”

 天文学者は空ばかり見ているわけではなく、星座をよく知らない者さえいます。星座は夜空の地図のようなもので、大体の星の位置を知るのに便利ですが、知らなくても天文学の研究に差し支えないのです。私の場合、最初に星空や星座に興味をもち、次第に天文学に目覚めました。

 東北大学理学部には天文学を学ぶつもりで入りましたが、教養部で幅広い学問に触れられたことは大きかったと思います。学んでみると、天文学の基礎である物理学や数学はもちろん、地球物理学や分子生物学も面白く、生命の研究にもかなり惹かれました。悩んで、専門を決めるのが1年遅れたほどですが、自分にとっては良かったと思います。学生には、よく「たとえ研究したい分野が固まっていても、一度いろんな勉強をして自分の興味を見極めた方がいいよ」と言ってきました。

 私は銀河物理学を専門にしてきましたが、一般の市民の方々にはなじみが薄く、天文学と物理学や数学の関係も分かりにくいかもしれません。太陽をはじめとする星々は、核融合によって輝いています。観測データを物理学や数学を用いて分析、検証することで、遠い天体の中で起こっていることが明らかになるのです。星は次々と生まれては消えていきますが、その誕生から死までを、核融合の様子の変化として、観測と理論で追跡することもできます。

 私が研究者を目指して大学院に進んだのは、そのようにして星の性質が解明されつつある時期でした。そこで「星の次は星の集団だ」と、当時最先端だった銀河の研究を選んだのです。銀河は、一千億個くらいの星と、ガスの大集団です。銀河の形成過程や、銀河が渦巻き模様を描く理由などを研究してきましたが、コンピュータの発達などで、銀河研究は大いに進展してきました。しかし、まだまだ分かっていないことも多いと言わなければなりません。

 核融合は、星の中心部で原子同士が衝突・合体して起こります。そのときに新しい元素が生み出されます。宇宙が誕生したとき、簡単な元素、水素とヘリウムしか存在しませんでした。やがて星の中で生み出された炭素、窒素、酸素などの元素が、今の私たちの体を作っているというわけです。私は世俗から離れて純粋な世界を究めたいと願う一方、人間という存在から離れてしまうことに寂しさも感じていましたが、私たちの体が、今はもう無い星たちが生み出した元素によって作られているという事実に深い感銘を受けました。人間は宇宙につながっていて、“人は星のかけら”だと言うこともできるのです。

知ることが目的の学び方も楽しい

 実家は東京の写真館でした。機械好き、工作好きの子どもだったので、本物の天体望遠鏡を覗くよりも、家にあったレンズを組み合わせて自作した方が先だったと思います。

 星座は季節によって変化しますが、私はむしろ、季節の移り変わりを星座によって知りました。大好きな冬の星座が待ち遠しくて、秋の夜には夜更かしをして昇って来るのを待ったものです。実家の隣の空き地で夜遅くまで観測していると、通りがかった大人たちがあれこれ話しかけてきてくれました。私は星を学びながら、同時に人間は信頼できるということを学んでいたように思います。

 中学2年の時、東京で天文学会が開かれることを知り、学校に休む許可をもらって3日間通いました。発表は難し過ぎましたが、多くの出会いがあったのです。仙台から来ていた小坂由須人さん(仙台市天文台二代目台長・故人)が家まで来て親と話してくださったこともあって、夏休みに一人で、当時としては大型の望遠鏡があった仙台市天文台を訪ねます。天文台や小坂さんのアパート、仙台で知り合った人たちの家に泊まりながら1ヵ月以上を過ごしました。

 そして私の興味は、星座からギリシャ神話に、さらにはクラシック音楽をはじめとする芸術や文化に広がりました。仙台市天文台でも、音楽や文学などの芸術、歴史など全てを“宇宙”ととらえて、その素晴らしさを市民の皆さんに伝えたいと考えています。「トワイライトサロン」での私のおしゃべりや、詩人・武田こうじさんの朗読を聞きながら楽しむ「ワンコインプラネタリウム」などの企画に、ご参加いただければ幸いです。

 私と同世代の皆さんには、お仕事を退かれた後、天文を学ぶことをお勧めしたいと思います。天文学は役に立たないところに価値があって(笑)、純粋に「真理」を追究することのできる学問なのです。今の日本では「科学=科学技術」となってしまっていますが、退職してまで「何かの役に立つこと」にこだわらなくても良いではありませんか。芸術や歴史への広がりを持っていることも、お勧めする理由です。

 仙台市天文台は、門前町のような役割を果たしているのかもしれません。賑わう門前町からお寺に参詣する人が出てくるように、より深く天文学を学んでみようという方々が現れることを、私は心待ちにしています。そうした市民の皆さんを対象に、やや専門的な天文学講座を開講したいというのが夢の一つです。

 物理学や数学の話が出てきて、分からなくなっても大丈夫です。天文学に限らず、学問は楽しくなければなりません。自分なりの面白さや氣づきがあれば、たとえ全てを理解できなくても、その学問をやる意味は十分にあると、私は思っています。

(取材=2009年5月14日/仙台市天文台・台長室にて)

研究者プロフィール

仙台市天文台 台長
土佐 誠  先生

(とさ・まこと)1944年東京都生まれ。東北大学理学部卒業。専門は銀河物理学。東北大学大学院を修了後、名古屋大学助手、東北大学助教授、同教授を歴任。2008年3月、東北大学大学院理学研究科天文学専攻を定年退官し、同年4月に仙台市天文台台長に就任。7月の新館開館を指揮した。前・日本天文学会理事長。

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