研究者インタビュー

デジタル化時代の図書館

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情報技術が変わると図書館も変わる

 図書館情報学は、図書館の実務に足場を置く学問です。実務者が自分の勘や経験、所属する組織に頼るのではなく、一般原則に則って業務を遂行できるよう理論化を図ってきましたし、実務者の養成にもあたってきました。図書館のあるべき姿を考える上で、利用者の視点を欠かすことはもちろんできません。図書館評価、情報利用行動研究などが、現在の私の主な研究対象分野です。

 時代によって、求められる図書館や情報のあり方は変化します。図書館の歴史は紀元前のアレクサンドリア図書館まで遡ることができますが、市民の皆さんにとって身近な公共図書館が、英国、米国など各地に設立され始めたのは19世紀の中頃でした。市民革命・産業革命を経て暮らしに余裕のある市民が登場したことで、余暇を有効に使うための読書が広まり、図書館は近代国家に不可欠の社会装置になったのです。

 公共図書館に限らず、19世紀は図書館、そして書物そのものにとって大きな変革期でした。グーテンベルクが活版印刷を発明したのは15世紀でしたが、大規模な印刷出版が始まるのは、18世紀末から19世紀の初めになってからのことです。1840年代には、パルプから紙を作る技術が発明されたこともあり、出版印刷はさらに盛んになります。また19世紀は学術研究が発展し、大学が整備されて研究者が制度化された時代でもあったのです。情報の流通量が増大し、図書館の設立が進んだことによって、資料の収集、保存、分類、整理を研究する図書館学も進展し、実務者を養成する学問として、英国、米国で特に盛んになりました。

 1950年代後半に米国でコンピュータが利用され始めると直ぐに、図書館の資料目録や論文索引の分野での適用が開始されました。はじめ目録カードの編集作業に導入されたコンピュータは、やがてカードの記載内容をデータベース化することで検索・出力することができるようになり、効率は飛躍的に向上します。また、米国では1971年に医学関係文献のデータベースのオンライン検索の利用が開始されました。オンライン化が進んで大学図書館ではその活用が必須となり、図書館員には、研究者の代わりにデータベースにアクセスして必要な情報を検索する能力が求められるようになったのです。

 私は大学図書館に20年間勤務した後で研究者になったので、システムの設計に携わるなど、図書館員として日本の大学図書館が変わって行く現場に居合わせました。今では日本でも各地に公共図書館が設置され、たくさんの図書が貸し出されるようになっています。蔵書データのオンライン化も進みました。しかし情報技術の発達によって、図書館や情報のあり方は、さらに大きく変わろうとしています。

学術論文はオンラインで流通する時代に

 全ての研究は、先行する業績の上に成立します。従って大学や研究者にとって学術雑誌の購読は欠かせません。1990年代半ばからの急速なインターネットの普及を背景として、現在ではデジタル化された論文を掲載する「電子ジャーナル」が常識となっています。現在では年間250万とも言われる数の論文がオンラインで検索され、ディスプレイで読まれる時代となり、印刷・製本された学術雑誌を購入し続ける機関は減少しつつあります。

 しかし問題がないわけではありません。1970年代から学術雑誌の価格が消費者物価をはるかに上回る率で上昇を続け、今では国際的に権威のある雑誌は非常に高価なものとなっているのです。この原因としては、新たな研究分野の出現や研究分野の細分化に伴った研究者数の増大、その結果としての学術論文数の増加、商業出版社の参入と規模の拡大などがあげられています。ネットワークにより流通が格段に容易になる一方で、重要な情報へのアクセスがかえって困難となる状況が生まれています。

 これに対して近年では、学術論文を「インターネット上で誰でもが制約無しに読めるよう」にするという「オープンアクセス」の考え方が広まりつつあります。学問・研究の成果は次世代に引き継がれるものとして、基本的にはオープンに、容易に入手、利用できるようにされるべきものでしょう。米国や英国では公的な助成を受けた研究成果の無料公開を義務付けるケースも出てきましたし、ハーバード大学をはじめ所属する研究者に対して機関のデータベース(リポジトリ)での論文公開を義務付ける大学も出ています。

 デジタル化の流れは学術雑誌にとどまりません。ご存知のように、米国のGoogle(グーグル)は、インターネット上の情報を検索する仕組みの最大手です。検索結果の画面に広告を掲示することで収入を得て、巨大な企業に成長しました。このGoogleが進めている「ブック検索」というプロジェクトが大きな議論を巻き起こしています。これは、超高速スキャナによる画像データの作成と、ソフトウェアによる画像データから文字データへの変換によって、世界の大きな研究図書館にある約1500万の図書の全てのページをインターネット上で利用可能(図書の全文検索機能と画像データ表示によって)にしようという壮大な計画です。すでに約700万点の図書について作業が完了しており、一部はすでに公開されています。デジタル化を進めているのはGoogleだけではありません。こうした作業の結果、膨大な図書の内容をオンラインで検索できるようになるだけでなく、図書や論文間の相互のダイナミックな結びつけ(リンク)によって必要とする情報の発見と入手が格段に向上することが期待されます。またデジタル化によって、目が不自由な人のための音声ソフトによる読み上げが容易になる点も見逃せません。

 「ブック検索」については、米国の著作者団体と出版社協会が著作権侵害でGoogleを訴えましたが、昨年10月に当事者間での和解が成立しました。この訴訟はクラスアクション(一部の被害者が全体を代表して訴訟を提起)であったため、和解はデジタル化した図書の著作権者全てに効力を持つことになります。このため現在も、この和解を認めるかどうか連邦地方裁判所での審理が続けられていますが、この和解が学術研究者の利害を代表していないことや、Googleによるビジネスの独占、私企業に知的生産物のゆくえを委ねることへの懸念や反対意見が数多く表明されています。

 電子ジャーナルや「ブック検索」をはじめとしたデジタル化は、「知の生産と公開にかかる費用」つまり執筆や査読や編集にかかる費用を誰が負担するのか、誰が保存(継承)に責任を持つべきなのか、そして誰が知識や情報を所有するのかという、政策面での大きな課題をももたらしているのです。

図書館の将来は市民が決める

 こうした時代にあって、市民の皆さんが利用する公共図書館はどう変わって行くでしょうか。現代は変化が激しく、子どもの頃や若い頃に習った知識・技能だけでは不足してしまいます。大人になった後も学び続ける必要がある「生涯学習社会」です。生活・仕事に役立つ情報や、専門的な興味・関心に応えられる適切な資料を、自分で探し、使いこなさなければなりません。

 こうした、自ら学び続ける「セルフラーニング」において、これからも図書館は有用であり続けるはずです。自宅や職場からインターネットに接続できても、必要な、価値のある情報を見つけ出すことが難しい場合もあるでしょう。わが国でも図書館が契約する有料のデータベースをサービスする公共図書館も出始めています。一方、インターネット上のコミュニティでは、しばしば狭い人間関係の中で議論が先鋭化してしまいがちで、それが適切な判断を妨げる危険性も指摘されています。また、ネットだけでなく、リアルな書棚を眺めることで見えてくることも少なくありません。これからの図書館には、開放的な学びの場としての機能も期待されるでしょう。

 しかし忘れてはならないのは、公共図書館が今後どうなって行くのかを決めるのは、利用者である市民の皆さんだということです。無料の貸本屋としてのみ使おうとすれば、図書館はそうなっていきます。1994年に採択されたユネスコの公共図書館宣言は、民主的な社会を実現するのは、情報を見つけ出し評価する能力を身につけた「見識ある市民」であると謳いました。現実の社会のありように立脚しつつ、将来を含めて「良い図書館とは何か」を市民の皆さんとともに考えていきたいと願っています。

(取材=2009年9月2日/東北学院大学土樋キャンパス・3号館佐藤義則研究室にて)

研究者プロフィール

東北学院大学文学部歴史学科教授
図書館情報学
佐藤 義則 先生

(さとう・よしのり)1955年山形県生まれ。山形大学人文学部経済学科卒業後、東京大学経済学部図書館、東北大学附属図書館に勤務。図書館情報大学大学院情報メディア研究科博士後期課程修了。山形県立米沢女子短期大学、三重大学人文学部を経て、2007年より現職。専攻は図書館情報学。

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